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Opinion:ブランドが「Black Lives Matter」と言うことに何の意味があるのか? –

Mine Sasaki

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Opinion:ブランドが「Black Lives Matter」と言うことに何の意味があるのか?

たとえ企業が運動にコミットしていなくても,その発言が良い結果をもたらす可能性がある。

 「Black Lives Matter」

 ゲーム業界では急に人気が出ていた。ソニーも言っていた。Riot Gamesも言ってた。UbisoftNaughty Dogも言った。Astro Gamingも言っていた。

 Quantic Dreamの共同CEO Guillaume Fondaumiere氏は,彼の会社が人種差別的なスタジオ文化のために炎上しており,スタジオはゲームのために公民権運動の非常に現実的な苦痛と苦しみを掘り起こしつつも,政治的に話すことは何もないと主張しているにも関わらず,そう言った。

 Activision Blizzardは,昨年10月に同社のeスポーツをプレイする人々がゲームではなく現実世界の問題について話した場合にBANしているにもかかわらず,それを言った。

 EA Sportsはそれを言わなかったが,それは 「国と我々の世界を悩ませている不当な扱いと体系的な偏見に対して変化を駆動するために我々が取ることができるアクション」に焦点を当てたかったので,Madden NFL 21の発表を延期したという。EAは,サンフランシスコ 49ers のクォーターバックが国歌の間に片膝をついて警察の残虐性に抗議したあと,Madden 19 で使用される曲からColin Kaepernickの名前を削除したにもかかわらずだ (削除された直後,EA Sportsは謝罪し,ライセンスの誤解のためにカットされたと言って,曲にKaepernickの名前を復元した)。

 YouTubeは「我々は一団となって人種差別と暴力に立ち上がります」と言う代わりに,同様に,それを言って回っている。同社はまた,社会的不正に対処するための努力を支援するために100万ドルを寄付している。あからさまに人種差別的な扇動者のビデオに人々を向かわせようとする継続的な取り組みによって引き起こされたダメージを回復しようとした,バケツの中の一滴だ。

 我々は,一連のGamer Networkのサイトと同様に,我々のスタッフ名簿に黒人が少ないことは,何年にもわたって我々に向けられてきた正当な批判であったにもかかわらず,そう言った

「これらは『単なる言葉』であり,それを口にするという単純な行為は,これらの企業がその背後にある思想に何らかの意味でコミットしているということを意味しない」

 最後のいくつかの例は,これらが「ただの言葉」であることを認めたものであり,それを口にするという単純な行為は,これらの企業が,その背後にあるアイデアに大きな意味でコミットしていることを意味するものではない。行動と長期的なコミットメントが組み合わされるまでは,これらの言葉は大部分が空虚なものだ。

 YouTubeは,人々を過激なコンテンツに誘導するアルゴリズムの調整をやめて,サイト内の人種差別的な陰謀論のコーナーを太陽の下に打ち出す必要がある。ゲームパブリッシャは,今週の声明で述べられた価値観を,自分たちの行動だけでなく,自分たちが運営するコミュニティにも一貫して適用する必要がある。我々は,より多くの黒人の声を採用し,プラットフォームを提供する必要がある。

 我々全員がこれらのことを実行してくれることを願っており,私は疑いの余地(または不信感の保留)を利用して,これらの発言が実行する意図を持って行われたものだと推測することもできる。しかし,それは私がそれがすべてが起きるまで息を止めていることを意味するものではない。

 だから明らかに,我々はまだ何かをするための信用を(我々を含む)ブランドを与えることはできない。しかし,これらの発言を,最も皮肉っぽく解釈しても,私はまだ歓迎している。

 なぜなら,Black Lives Matterが脚光を浴びたとき,ブランドはこの言葉を受け入れることにそれほど熱心ではなかったからだ。多くの人がこの言葉を分裂的なものと見ていたからである。All Lives Matter や Blue Lives Matter などの反論が政治的スペクトラムの右側では一般的だったので,これらのブランドはTrayvon Martin,Eric Garner,Sandra Bland,Michael Brown,Tamir Rice,Walter Scott,さらに多くの男性や女性,少年や少女に起こったことをほとんど傍観し,黙って見守っていたのだ。

 ブランドは,とくにビデオゲーム業界では,潜在的な顧客を疎外する可能性のあることには重きを置いていなかった。Michael Jordanがよく言っているように,「共和党員もスニーカーを買う」のだ。

 結局のところ,この業界は何年もかけて,多様性にどれだけコミットしているかと言い,女性の参加を奨励するプログラムを開始したが,有名なことに,悔しいことに,恥ずかしいことに,どちらかの側につくことを嫌がっていたのと同じ業界だ。

 しかしその後,George Floydが殺され,Breonna Taylor が殺され,さらに多くの人々が警察の残虐行為を見飽きたと判断した。今やブランドはBlack Lives Matterを受け入れるだけでなく,「黒人コミュニティが直面している体系的な人種差別」(Ubisoft)を認めている。彼らは「George Floydの不必要で残忍な警察による殺害に憤慨しています」(Astro Gaming)のと同様に,あまりにも多くの他の事件にも憤慨している。

「これらの会社を運営している幹部が言葉が意味していなくても,彼らはまだ考えを正常化している」

 私の目から見ても,これは違っていて新しいことだ。なぜなら,米国(およびこれらのブランドが事業を展開している他のどこにでも)における体系的な人種差別の存在は,普遍的に合意された概念ではなかったからだ。ニュースを定期的に読む人なら誰でも知っているように,「警察による殺人」という言葉は,警察が人を殺すことはほとんどないので,よく目にする言葉ではない。警官が関与した銃撃があったり,警官の銃弾が人に致命的な打撃を与えることはあるかもしれないが,マスコミは通常,「殺された」が動詞である文の主語を「警察」にしないように,言葉の体操をしている。

 ブランドがこれらのことについて話し,このような言い回しを使うことは,それらを正常化する。それは,論争のステートメントを枯渇させ,Overtonの窓(※民衆が受け入れる概念の範囲)の中にそれらを持ってくる。それは,他の人が発言することをより安全にし,実際にこれらの発言を信じている人たちが,それらの発言を基にして,窓をさらに押し広げることをより安全にする。

 言葉は,とくに繰り返し使われると強力だ。トランプ大統領がCOVID-19を「中国ウイルス」と呼んだり,人々が自分たちのことを「反生命」や「反選択権」と呼ばなかったり,偽の公平性に取りつかれたマスコミが人種差別的な行動を「人種差別的なもの」として頻繁におだてたりするのはなぜだろうか,それが理由だ。

 だからこそ,私はこれらのブランドが「Black Lives Matter」と明言し,運動のコンセプトの一部を認めていることを歓迎しているのだ。たとえ,これらの企業を経営している経営者にその言葉に意味がなくても,彼らはその考えを正常化しているのだ。白人至上主義の根本的な問題を解決するためには,Black Lives Matterであるという悲劇的な論争のある考えに広く同意する必要があると思う。



著者: “jp.gamesindustry.biz編集部 — jp.gamesindustry.biz

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元ドワンゴ不良社員の今 ― 収入を失うもゲームで一山当て、インディゲームの発展を願うように【INDIE Live Expoスポンサー&主催インタビュー】(電ファミニコゲーマー)

Mine Sasaki

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 2020年6月6日(土)の20時より、インディゲームの情報番組「INDIE Live Expo 2020」が、インターネットで生放送される。

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 「INDIE Live Expo」は「優れたインディゲームをより多くの人に楽しんでもらう」をモットーに掲げているオンラインイベントだ。本イベントでは日本語、中国語、英語の3カ国語で、YouTube Live、Twitter(Periscope)、Twitch、bilibiliから全世界へ向けて一斉に生放送されることになっている。

 このイベントを中心になって運営しているのが、リュウズオフィス代表取締役の小沼竜太氏と、同イベントのスポンサーであるワイソーシリアス(Why so serious, Inc.)の斉藤大地氏のお2人だ。……と言っても、このお2人の名前や会社名を見てすぐピンと来るのは、ゲーム業界に精通した人か、電ファミニコゲーマーのかなり熱心な読者ぐらいではないだろうか。

 リュウズオフィスは、『ペルソナ』シリーズや『真・女神転生』シリーズ、そしてスマホゲームの『Fate/Grand Order』といったタイトルのプロモーションに携わっている企業であり、電ファミニコゲーマー誌上でも以前、同社について取材したことがある。同社は特に、ゲーム関係のインターネットの生放送では高い実績を持っており、同社が手がけた生放送を一度は目にしたことのある人も多いだろう。

 ワイソーシリアスは、バカーという会社でインディゲーム『Touhou Luna Nights』をプロデュースした斉藤氏個人が起業した会社であり、2019年10月の設立から現在までに、『幻想郷萃夜祭』をSteamでリリースしているほか、『ロードス島戦記―ディードリット・イン・ワンダーラビリンス―』をSteamのアーリーアクセスでリリースしている。また、じつは斉藤氏は、かつてはドワンゴの社員であり、「ニコニコ自作ゲームフェス」や「電ファミニコゲームマガジン」(現ゲームマガジン)に関わっていたほか、この「電ファミニコゲーマー」の副編集長を務めていたこともある。

 このように、どちらかと言えばゲーム業界でも裏方に近く、決して大規模なわけでもない2つの会社が、なぜ多言語による生放送を世界に向けて発信しようとしているのだろうか。今回はその理由について、小沼氏と斉藤氏のお2人を取材した。

 なお、新型コロナウイルスの影響下にある他の多くのメディアと同様に、この取材もZoomを使用したリモート会議で行われている。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ

■斉藤大地は、ドワンゴの川上会長に「働かない」と名指しで言われた不良社員だった

──今回、「INDIE Live Expo 2020」のお話を聞くにあたって、読者からは「この人たちって何者なの?」という疑問があると思うんです。小沼さんに関してはリュウズオフィスの業務について、過去に電ファミで取材していますが。

 一方の斉藤さんに関しては、大多数の人は「誰?」という感じですよね。だからまずは、斉藤大地という人物のストーリーから入っていこうと思います。ドワンゴの不良社員だった斉藤さんが、じつは「ニコニコ自作ゲームフェス」や「電ファミニコゲームマガジン」で昔からインディゲームに深く傾倒していて、そして今、さらに次のステップに進もうとしている。そのことによって、今回のイベントが持つ意義も明らかになっていくのかなと思っています。

小沼竜太氏(以下、小沼氏):
 川上量生さんが「ロクに仕事をしない」と言った、斉藤大地の物語ですね。

斉藤大地氏(以下、斉藤氏):
 たしかに不良社員でございました(笑)。4Gamer.netで平さん(弊誌編集長、本稿の聞き手であるTAITAI)が取材した川上さんのインタビューで、名指しで「仕事をしない」と言われた新卒社員でしたから。すごく懐かしいですけど。

 僕が入社した時のドワンゴは、ニコニコ動画の成功もあってものすごく上り調子で。公式生放送がいっぱいあって、ゲーム実況がまだ水面下ではあるけれどもブームになっていて、もちろんボーカロイドも人気で。それを見て僕も「ドワンゴっていいな」と思って新卒で入社したんですけど。

──それは何年ぐらいのことですか?

斉藤氏:
 今から9年前です。僕が入社した年に、最初の「ニコニコ超会議」が企画されたんですよ。第1回の超会議が2012年なので、僕は2011年入社ですね。

 ドワンゴと同時にゲーム会社もいくつか受けていて、そのまま本気で就活を続けていれば、どこかに受かっていたかもしれないです。でもドワンゴの内定を早々にもらって、この会社は面白そうだぞと思っていたので、そこで就活を止めちゃったんですね。当時のニコニコ動画は、僕にとって明らかに「次に来る何か」だったので。

──当時のドワンゴだと、新卒で採用されるのは基本的にエンジニアですよね?

斉藤氏:
 僕の次の年からは企画職採用はなくなりました。どうやら本当は、その年は新卒を採る予定がなかったらしいんですよ。ところがドワンゴとしては、社内でコンテンツを作るかもしれない状況だったので、コンテンツを作りそうな人間を新卒で採ろうということになったみたいで。でも、入ってみたらほんとに何も仕事なかったですね。

 超会議の企画が始まって、「ZUNビール」の担当になったのが、最初のまともな仕事ですね。それまでの半年ぐらいは、本当に何も仕事をしてなかったに近いです。正直、ドワンゴ史上で最も働かない新卒だったのは間違いないです(笑)。

──「何も」というのが、あまり実感が沸かないんですけど。というのも、当時のドワンゴはもうちゃんとした会社になっているわけじゃないですか。だからチームもあれば、定例会やレポートもあるわけですよね?

斉藤氏:
 僕は、部長のアシスタントという名義の立場で、そのチームに所属していなかったんですよ。だから定例会もレポートもない。プロダクトのチームに入ってWEBディレクターの部下とかになっていたら、また違ったんでしょうけど。

 いちばんヤバかったのは、当時の副社長だった太田(豊紀)さんのいる打ち合わせで「企画書を書け」と言われて、「イヤです」と言ったことですかね。

──太田さんはどんな反応だったんですか?

斉藤氏:
 さすがにちょっとビックリしてました(笑)。自分でもなんであんなことを言ったのか、今では覚えていないんですけど。当時はメチャクチャ働きたくなかったんでしょうね。東日本大震災の後に、本当にやる気を失っていたので。

 震災前はやる気に満ちていたんですけど、東北の出身ってこともあったのと、震災の後で文化がすごく変わった。それで当時の自分、若き斉藤大地が理想としていたなにかが終わってしまったんでしょうね。そんな状態のまま、ドワンゴに入っちゃったと思うんです。

 自暴自棄になっていたような気もします。そのせいか太田さんに向かって「イヤです。向いてないと思います」って言っちゃったんですよ。本当にクソバカな新卒だったので。その時は一緒にいた先輩が「私がやります」って引き取ってくれたんですけど。

──当時のドワンゴの懐の深さがスゴイですね。

斉藤氏:
 懐が深すぎますよね。でも当時は、僕よりヤバいひとたちがいっぱいいましたから。僕は何もしなかっただけです!

──少なくともマイナスではないと。

斉藤氏:
 給料泥棒という意味ではマイナスなんですけど、働かないぐらいは可愛いものだったのかもしれませんね。新卒でそれは、さすがに珍しかったと思いますけど。

■ネットをリアルに落とし込むことが、ドワンゴの目指していた「革命」だった

──私がドワンゴというかKADOKAWAグループに入った時に、斉藤さんはすごくドワンゴらしい企画をやる人だなと思ったんです。だから斉藤さんが、ドワンゴの企画の立て方だとか企画のありようをどこで体得したのかというのは、けっこう興味があって。

斉藤氏:
 いちばん学んだのは絶対に超会議ですね。ドワンゴの先輩たちは、超会議の企画でけっこうムチャをやっていて。

 たとえば「ZUNビール」は、当時の直接の上司が突然「ZUNさん、お酒を造りましょうよ」とノリで作った企画で、それが今でも続いているんですけど。「東方Project」に直接触るのはちょっと難しいけれど、ZUNさん本人は超会議に出てきてくれるかもしれない。じゃあZUNさんが好きなことをやろう。それはお酒だと。この思考回路はたいへんドワンゴっぽいというか、当時の上司らしい企画で、それを学ばせてもらいましたね。

 あとはニュースチームを隣で見ていて、とにかく面白いものをいち早く採り上げるというのが、あの時のドワンゴの魂としてあって。

 当時の超会議に「言論コロシアム」というブースがあったんです。単にトークイベントをやるだけなんですけど、企画を通すのに図面とか企画書じゃなくて、担当者がブースの模型を持っていってプレゼンしたんですよ。「ここはコロシアムなんだ!」とか言ってやっていく感じは、すごく活気がありましたよね。

 そんなふうに先輩たちが、ドタバタしているなかで自分のやりたいことをゴリッと通す姿を見ていて、「この会社は無理が通るな」と。それで3回目の超会議の時に、自分も企画書を出してみたら、企画が通ったんです。

──それはどんな内容だったんですか?

斉藤氏:
 僕は個人として当時、『カゲロウプロジェクト』というのがすごく面白かったので、初めて企画書を書いたんです。ちょうど『カゲロウプロジェクト』がアニメ化(『メカクシティアクターズ』)された時だったので、アニメのアジトを再現するブースを作ったんですね。

 しかもそれは、最初の企画のOK依頼、ほぼ誰の承認もなかったんです。一応報告はしましたけど、それに対してなんの咎めだてもなくて。

 もちろん許諾を取りに行く必要があるんですけど、それは僕が毎週アニメのアフレコスタジオに行って、原作者のじんさんに「これでいいですよね」って、毎週勝手に見せて勝手に交渉してましたから。そういう放し飼い感みたいなものはスゴかったですね、超会議は。

 面白いことならやっていい、帳尻は後から合わせる、みたいな感覚だったのが、超会議の1回目、2回目、3回目でした。もちろんそれは、裏方の人に多大な迷惑をかけていたのでとても反省しましたけどね。

──当時のニコニコとかドワンゴのポジションって、やっぱり「革命」ですよね。ネットとリアルの境目を突き崩す革命運動みたいなものに、みんなのめり込んでいた。

斉藤氏:
 当時はインターネットとリアルが離れていたものだったので、インターネットからリアルに攻め込んでいくんだ、それによって何かが変わるんだ、という感じがすごくしていました。僕もそれに共鳴してドワンゴに入ったし、それに対して何らかのことをやりたいと思っていて。
 『カゲロウプロジェクト』というネットから始まったIPを超会議の会場に再現する試みを、自分から手を挙げて企画させてもらったのも、そういう主旨だったと思います。

──リアルのものをネットに持ち込むという企画も成立したし、ネットのものをリアルに持ち出すというのも企画になり得たし。逆に言うと、ただそれを愚直にやるだけで企画性が伴った時代だったのかなと。

斉藤氏:
 そう思います。リアルですごく強いもの、たとえば政治家だったりをネットに持ってくるのもそうだったし、インターネットで強いものをリアルに出すのもすごく面白かったし。

 その当時、ARGという概念がでてきていて。それって要するに、リアルでゲームをやりますというもので、リアル脱出ゲームとかが近いんですけど。僕はそれをやるためにドワンゴに入ったと自分では思っていました。超会議の『カゲロウプロジェクト』ブースでもそれをやらせてもらった。

 それはある意味、ゲームデザインですから。インターネットだとかフィクション上のものをリアルに落とし込むためのゲームデザインを考えることに僕もハマっていたし、じつは当時のドワンゴの人間はみんな、広い意味ではそれをやっていたんじゃないかと思います。

──話は前後しちゃうかもしれませんけど、今現在、ネットとリアルがある種、融合しきった時に、当時の理想だったものは実現できたのでしょうか。

斉藤氏:
 それで言うと、インターネットとリアルの融合って、今ではわざわざ言うべきことでないぐらい実現したと思うんですね。別にもう、そんなの一緒じゃん、みたいな感じになっちゃって。だからみんな寂しいと思うんですよ。当時はネットとリアルが離れていたので、近づけたいとか混ぜたいみたいな欲望が強かったと思うんですけど。

 僕はドワンゴ社員だったからあえて言うんですけど、それに関しては正直、ドワンゴが大きな役割を果たしたと思います。でも、それが実現しちゃったなと思った瞬間はありましたね。

──その「実現しちゃったな」という感覚を得たのは、何年ぐらいのことですか?

斉藤氏:
 超会議が「マンネリだな」と言われ出した段階で、もうだいぶ実現していたと思うんですよ。道筋はついていたと思います。具体的には超会議4回目ぐらいです。
 ネットとリアルの融合が当たり前になったこと自体は素晴らしいことだと思うんですけど、少し寂しい気持ちはあります。

■「ニコニコ自作ゲームフェス」を担当して、「ゲームに貴賤なし」という思想に傾倒した

──ニコニコ超会議の企画を自分で発案するようになって、そこからは真面目に仕事をするようになったのですか?

斉藤氏:
 ニコニコ超会議3で『カゲロウプロジェクト』の仕事をやった後、突然、川上(量生)さんに呼ばれて。4Gamer.netのあの記事が出たのもちょうどその頃ですよね。記事が出て1カ月後ぐらいに突然、会長室に呼ばれて「働け」って言われたんですよ。「働いてますよ」「ウソをつけ」みたいな(笑)。

 それで、会長室直下にゲームのタスクフォースを作るから、そこに入れと言われて、「イヤです。働きたくありません」と答えたんですが、当たり前ですけど押し切られまして。

そうして入った部署が後に、KADOKAWAとドワンゴを併合する際の最前線となって、そこで平さんと出会うことになるんです。

──そうですね。

斉藤氏:
その部署で「ニコニコ自作ゲームフェス」というインディゲームのコンテストが始まって、それがたいへん面白くて。というのも、僕はインターネットのフリーゲームがメチャクチャ好きだったので。

 『RPGツクール』などで作られたフリーゲームがまだ生き残っていて、しかもそれがゲーム実況で採り上げられている。そのこと自体は知っていたんですけど、まさかそれを仕事にするとは思っていなかった。たいへん面白く取り組みましたね。

──私がKADOKAWAグループで働き始めて、川上さんから「ゲームのチームを紹介するよ」と言われて会ったのが、伊豫田(旭彦)さんや斉藤さんで。この人たちは一般的なゲームの詳しさとは、ベクトルがぜんぜん違っていて。いわゆるコンシューマゲームやPCゲームというよりは、当時のネットの最前線というか……あの当時のフリーゲームはなんて言えばいいんでしょうね。

斉藤氏:
 フリーゲームは、ゲーム実況で多くの人に見つかってしまった、ネットの隠れたすばらしい文化です。

──当時は商業ゲームを実況するといろいろ怒られるかもしれない時代だったので、必然的にフリーゲームを実況するのが流行っていて。そこに対して詳しいヤツら、というのが伊豫田さんや斉藤さんだったんです。だから私がそれまで知っていた、ゲームに詳しいジャーナリストとかゲームクリエイターとはぜんぜん違う人種だったんですね。それを面白いなと思ったのを覚えています。

斉藤氏:
 そのチームでよく話していたのは「ゲームに貴賤なし」ということでしたね。どんな形をしていてどんなメディアであっても、ゲームはゲームで、面白ければ面白いのだと。ゲーム実況を通じて見ると、メチャクチャそれがよく分かったんですね。コンシューマのグラフィックがものすごく綺麗なゲームでも、『RPGツクール』のデフォルトの素材でパッと作ったゲームでも、面白くて、人に見られて、人を楽しませる時には、それって別に等価だと。
 その思いを強めたのは、「自作ゲームフェス」を僕が担当したとき、ゲームフリークや中村光一さんのところに「あなたたちも昔は自作ゲームのクリエイターでしたよね?」と取材に行って、動画をもらったんです。

 昔は1人や少人数でゲームを作って、それが大きくなっていくというのが、けっこう当たり前だった。ゲームフリークは同人サークルだし、中村光一さんは高校生の時にプログラミングコンテストで受賞した人ですから。それは今「自作ゲームフェス」で出てきている人たちと何も違わないですよね? という話をしたら、「そうだね」と言ってくれたんですよ。「僕らもこういう時期があったよ」と。

 自作ゲーム、インディゲームというのは最近流行り始めたものではなくて、日本でもゲーム業界が始まった当初からずっとあり続けている伝統文化なんです。それはこの「ニコニコ自作ゲームフェス」の時に分かったことですね。

■『殺戮の天使』をプロデュースしつつ、二足の草鞋で「電ファミ」の副編集長に

──そういう感じでドワンゴの中にゲームチームが立ち上がって、その横で私もドワンゴに入ってくるわけですけど、すぐには合流せずにちょっと間が空いてますよね、たしか。

斉藤氏:
 そうですね。隣の隣ぐらいにいましたよね。

──それで、斉藤さんは「ゲームマガジン」をやっていて。

斉藤氏:
 「ニコニコ自作ゲームフェス」に本当に素晴らしいゲーム作家が集まったし、インターネットにはすごく良いゲーム作家がいました。彼らと一緒にゲームを作りたいなと思って始めたのが、「ゲームマガジン」です。

──でも『殺戮の天使』のコミックが出るか出ないかぐらいのタイミングで、「ゲームマガジン」のプロジェクトがなくなる、みたいな話があったんですよね? それで斉藤さんが「なんとかしなきゃ」といろいろ立ち回る中で、私にコンタクトを取ってきたと。

斉藤氏:
 あぁ、懐かしいですね。まさにそうです。

 「ニコニコゲームマガジン」を2015年5月から始めて、順調に伸びていったんだけれども、一方では組織再編とかがいろいろあって、部署を2回ぐらい変わったんです。このままでは潰されるかもしれないという時に、ここしかないと思ってコンタクトを取ったのが、平さんの電ファミニコゲーマーの部署というか、当時は会社でしたね。

──そうです。リインフォースという会社でしたね。

斉藤氏:
 そこに「入れてください」と。ここならたぶん予算が出るだろうと思って(笑)。

──当時はね(笑)。もともと斉藤さんの存在は知っていたし、ちょこちょこやり取りもしていて、企画力みたいなところにはすごく才能がある人だと思っていたので。

 一方で、当時の電ファミはスタッフもほとんどおらず、こういうとアレだけど、ファミ通とか電撃とか、ある種、寄せ集めのチームだったので。そこでもうちょっと若くて企画力のある人を入れたいなと思っていたなかで、斉藤さんから企画の概要を聞いて、たしかにそれは筋がいいかもしれないと。一方ではけっこうお金がかかるなとも思いつつ(笑)、「ゲームマガジン」を引き取る話をしてみる代わりに、こっちの仕事も手伝ってね、という交換条件みたいなやり取りをした記憶はありますね。

斉藤氏:
 そうですね。その時に二足の草鞋を履く覚悟をしました。それで電ファミの副編集長になったんですけど。

──それで「ニコニコゲームマガジン」は、2016年の2月から「電ファミニコゲームマガジン」という形になって。そうしたら幸いなことに『殺戮の天使』のコミックがけっこう売れて。これは残しておいたほうがいいものなんだというのが、そこでようやく会社に周知されたんですよね。

斉藤氏:
 平さんにはそこまでの時間をいただいたなという感じですね、本当に。

──『殺戮の天使』はダウンロード数で言うと、どれぐらいまでいったんですか?

斉藤氏:
 100万ダウンロードは余裕で超えてますね。現在の最終的な数字は、バカーを離れちゃったので分からないですけど。

──『殺戮の天使』のヒットというのはいったい何だったのか、斉藤さん自身としてはどう捉えていますか? 私は当時のインディゲームのクリエイター、フリーゲームのクリエイターというのはどういう存在だったんだろう、ということに関心を持っていて。

 要するに、文章の上手い人間は小説家になろうとするし、絵の上手い人間はイラストレーターや漫画家になろうとするし、音楽を作れる人はミュージシャンを目指すわけじゃないですか。それに対してフリーゲームを作っている人って、絵やテキストが特別上手いというわけではなく、音楽を作れるわけでもない。でもゲームというフォーマットでの表現にはメチャクチャ長けている。
 つまりゲームで何かを表現することにすごく長けている人たち、あるいは長けている世代ですよね。それ以前の世代は何かを表現しようと思った時に、ゲーム的なアクションや演出でそれを表現しようという発想が、そもそもなかったと思うんですけど。ところが彼らは、いちばん手軽に表現できる手段としてそれを思いつくという意味で、新しい世代だなと。

斉藤氏:
 『殺戮の天使』はいまバカーの社長をやっている稲葉ほたての功績が大きいので、僕だけでは総括できないという前提の上で話します。
 基本的には、文芸部や演劇部で作品作りをするようなタイプの人達が、あの瞬間、インターネットのおかげで「ゲーム」という自己表現を発見した。そこから生まれた作品が、ゲーム実況者という「吟遊詩人」の声にのって、物語として爆発的に広まる奇跡を生んだ、と解釈しています。

 10代の子たちにもそれが波及していって、『クロエのレクイエム』のように10代のクリエイターも出てくるようになった。
 なにか単一のメディアで表現をするより、テキスト・音楽・イラスト・プログラムの組み合わせのほうが発揮できた、ということなのかなと。

■会社を起業して、インディゲームのクリエイターとIPを結びつけるプロデューサーに

──そしてバカーの社長となって独立するわけですが、それはどういう経緯だったんですか?

斉藤氏:
 電ファミと二足の草鞋を履きながらやっているうちに、『殺戮の天使』がヒットしてアニメ化されたりして、さすがに二足の草鞋では厳しいです、ということになり。しかもその当時、電ファミのリインフォースがドワンゴに戻っていって、ドワンゴはIT企業なので、IT企業の中でIPを扱うというのは、ある意味厳しかったんです。

 それならばむしろ独立をして、動きやすくなりたいという動機で、川上さんにプレゼンテーションしに行ったら、そこにたまたま庵野秀明監督がおり、なぜか企画書を気に入っていただいて、『エヴァンゲリオン』のカラーから出資を頂くことになったんです。

──当時の電ファミの面々の中には、斉藤さんが集めてきた人たちがそこそこいて。要は若くて、くすぶっていて、でも何かやりたいという人たちが集まっていたんですよ。さらに社外にも同じような人たちがいて、僕も紹介されたりしたんだけど、その集団の空気感みたいなものを見て、ワンチャン何かやらかすかもしれないという雰囲気があって。たぶん川上さんや庵野さんからすると、それに対する投資はいけるんじゃないかという、そういう判断だったと思うんです。

斉藤氏:
 今はネット発でオリジナルIPを作ろうなんて、いろんな会社がいろんな形でやっていますけど、個人のクリエイターと身軽な会社組織みたいなものが組んで、オリジナルIPを立てていくというのが、当時はベンチャーとしてちょっと面白いものだったというか、旬だったというのがあるのかなと思います。今は『ヒプノシスマイク』が出てきたりだとか、いろんな会社がバンバンやっているので、珍しくなくなってますけど。

──そしてインディゲームにより深く関わるようになり、勝ち筋を見つけていったわけですね。

斉藤氏:
 そうですね。Steamという市場が、意外と日本的な手法でいけるぞということに気づいたんです。『殺戮の天使』のようにオリジナルのIPを立てて、マンガの作り方に似たゲームでも海外に通用しましたし、しかもそれがアニメ化されて跳ねた。

 一方で、もともと才能はあるんだけどいろんな理由でオリジナルの作品がヒットしなかったゲームクリエイターに対して、「コミカライズ」みたいな形で既存のIPのゲーム化をお願いしたり、そういうキャリアパスはこれまでのインディゲームにはなかったんですね。

 その作家さんの作風と相性の良いIPを得ることができれば、今のSteamという市場は作家さんにとって幸せな場所になれる。作家さん自身の知名度が大きくなったあとはもちろんオリジナルをやってもいいし、様々な可能性が拓けると思います。

──斉藤さんが最近手がけているタイトルの実績は、どれぐらいなんですか?

斉藤氏:
 『Touhou Luna Nights』は20万本を超えていますし、『幻想郷萃夜祭』『ロードス島戦記-ディードリット・イン・ワンダーラビリンス-』はまだSteamのアーリーアクセスの段階なのでこれからですけど、どちらもフルリリースすれば10万、20万は余裕でいく勢いです。

──なるほど。ではバカーと比べてワイソーシリアスはどういう会社なのですか?

斉藤氏:
 バカー時代との一番大きな差分は、僕の自己資本の夫婦2人の会社ってことですね(笑)。大変身軽です。個人のインディゲームクリエイターさんのIP獲得を含めたプロデュースと、海外展開のプランニングですね。

 IPはオリジナルを自分で扱ったこともあるので、IPホルダーの気持ちがわかるのが強みです。いまインディーゲームは海外に向けて売らないと市場が小さすぎる状況です。そこにアクセスできないと話にならないので、必死に海外に行って協力者を作りました。

──それで斉藤さんが今、一緒にやっているクリエイターさんは、どれぐらいいるんですか?

斉藤氏:
 4人ぐらいですね。

──会社が立ち上がったのはいつでしたっけ?

斉藤氏:
 2019年の10月です。まだ1年経っていないですね。

──1年も経っていない会社が「INDIE Live Expo 2020」のスポンサーになるんですか。というわけで、ようやく本題に入ります(笑)。

■日本から世界に向けてゲーム情報を発信する、日本版「The Game Awards」が必要だ

──まずは「INDIE Live Expo 2020」の基本的なことを伺えればと思います。現状で何タイトルぐらいを紹介する予定なのでしょうか。 

小沼氏:
 なんだかんだで100タイトルは大きく超えそうです。

 今回は話を持ってきてくれたタイトルは、可能な限り、何らかの形で放送に出したいと思っていて。ただ、放送を予定しているコンテンツがたくさんあるんですよ。先日発表したように、「東方Project」と『UNDERTALE』の楽曲メドレーなんて企画もありますから。ここまで世界中の方々が、タイトルの情報を寄せてくれるとは思っておらず、番組独自のコンテンツや、協賛各社様のコーナーを充実させようと最初は考えておりました。

 しかし、蓋を開けてみたら、情報が予想以上に寄せられて、驚いております。

 なので、すべてのタイトルを1つずつ解説していくとテンポ感がなくなるので、幾つかのコーナーに分けて、MCがゲームの動画を背負いながら「今から30タイトル一気に解説します」みたいなことをやろうかとしています。いずれにせよ、寄せられたタイトル情報を、可能な限り紹介したいという気持ちで、今はやっていますね。

──今回の放送が初出となる新発表タイトルもあるのですか?

小沼氏:
 本当に新規のタイトルもいくつかあります。みんなが知っているスタジオの新しいタイトルだったり、あるいはこのタイトルが日本語版になるよ、みたいな情報は詰まっていますね。「あれ、これ普通にヒットするかも」みたいなタイトルもあります。反響が楽しみです。あ、『DELTARUNE』の最新情報は、ありませんけどね。

──なるほど。そして斎藤さんは、そんな「INDIE Live Expo 2020」にスポンサードしていると。

斉藤氏:
 「INDIE Live Expo 2020」には、特別協賛という形のスポンサーとして関わっていて、あとは企画のきっかけですね。もともとリュウズオフィスの小沼さんとは、仲良くさせていただいていて。

──設立から1年も経っていない、言ってしまえば零細企業であるワイソーシリアスが、なぜこの「INDIE Live Expo 2020」に特別協賛という形でお金を出しているのかと。それが疑問でもあり、今回の取材のポイントでもあると思うんです。

 僕も含めてもともと、日本発というかアジア発の大きなゲームライブイベントみたいなものがあるべきだよね、という話を小沼さんとはずっとしていて。とはいえ、ちゃんとやろうとするとお金がかかるし、なかなか難しいよねと。ところがまさか、斉藤さんが持ち出しでそれに乗っかってくるというのは、けっこう驚きな話だったんです。

斉藤氏:
 僕の長い自己紹介は終わったので(笑)、次は小沼さんの自己紹介を。

小沼氏:
 僕の本業は、ゲームのユーザーコミュニケーションプランナーです。ユーザーと企業の製品とが、どうやってコミュニケーションしていくか。どうやって宣伝していくか、どうやって売っていくかを設計し、提案し、実施までをすべて請け負っています。有名なタイトルですと、『ペルソナ』シリーズ、『真・女神転生』シリーズ、『Fate/Grand Order』などがあります。

斉藤氏:
 リュウズオフィスさんはおそらく、日本でいちばん見られている生放送を作っている会社ですから。

小沼氏:
 それは言ってもいいかもしれない。僕はドワンゴに入社したことはないですが、インターネットの生放送とは公式生放送が始まった時からお付き合いをしていて。かつて、イメージエポックという会社がありまして、2010年の11月24日に「JRPG宣言」という形でパブリッシャー参入の発表をしたんですが、僕はこの時マーケティング担当役員でした。

 イメージエポックには2年間おりまして。イメージエポックの初期パブリッシュタイトルは宣伝まで手がけていました。この時からニコニコ動画にはすごく注目していて、宣伝のツールとして使っていたんです。イメージエポックはもうないんですけど、それ以来ずっと生放送に関わり続けています。

──小沼さんの生放送の実績としては、『ペルソナ』シリーズとかがありますよね。

小沼氏:
 大きなものだと、2013年のこれも11月24日なんですけど、アトラスさんの「ペルソナ」シリーズの発表のために、ニコニコをジャックさせてもらいました。72時間、ニコニコの総合トップページ上で、カウントダウンするという。

──そんなゲームの生放送のプロフェッショナルである小沼さんが、今回の「INDIE Live Expo 2020」を企画したきっかけは?

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小沼氏:
 ロサンゼルスで開催された「The Game Awards」を、斉藤さんや平さんと3人で一緒に見に行く機会がありましたよね。

斉藤氏:
 みんな別の会社の予算で見に行きましたよね(笑)。

──そうそう(笑)。

小沼氏:
 「The Game Awards」は毎年12月に開催されていて、ゲームの生放送としては世界最大だと言われています。ゲームのメディアと捉えても、最大のものの1つだと思っています。

 以前に調べたことがあるんですけど、E3の期間中に出回るゲームの全情報量を10とすると、「The Game Awards」はわずか3時間の生放送で、その瞬間に出回るゲームの情報量が1だったんですね。これは単純に10:1というわけではなくて、約1週間の情報量が10に対して、3時間で1ですから。瞬間的な情報の波及力、爆発力は凄まじいものだなと。それが具体的にどういうものなのか、現地で見てみたいと思ってました。

 ロサンゼルスで会場からイベントとして観覧したんですが、それで確信しました。これはイベントの形をした、まぎれもない生放送であると。生放送という媒体を使って、日本から世界中に情報を届けるということを自分もやりたい。それをどうにかしてやれないか。それが僕の夢になりました。

 そもそもなぜそういうことを思ったかという背景を言うと、僕はもともとゲームが好きで、小学生の頃から遊んでいました。ファミコンの頃からですけど、たぶん数千本ぐらい遊んでいます。海外のゲームも好きですけど、日本人なので日本のゲームが好きです。

 かつてゲームは日本から育っていった市場だったし、今もクリエイティブ的には日本がまだ中心の1つだと思っていますけど、情報発信力として中心の座から滑り落ちようとしている。そんななか、日本からゲームの情報を発信することで世界中の注目を得ることができないか。そういうことを常々考えていました。

 2019年10月にゲームフリークさんのお手伝いをする機会があって、「ゲームフリークひみつきち 30周年記念生特番」という生放送を手がけました。この時に日本とアメリカに同時発信するというのを、そこで初めてやってみたんです。そうしたらTwitterのワールドワイドトレンドで2位を取ることができて。

 もちろんそれはゲームフリークという題材が強いというのもあるんですけど、時差の壁を越えてそういう注目の集まる力が生放送にはあるのだ、日本からの情報には価値があるのだと、改めて認識しました。

 以後、機会があるごとに英語との同時実況にチャレンジし、手応えを感じてました。それと先ほどの「The Game Awards」に感銘を受けて、日本から世界全体に向けて情報を発信するということにチャレンジしたいとずっと言っていたら、斉藤さんが「インディゲームでそれをやる」と言い出したんですよ。「おいおい、話が違うだろう。それはオレのアイデアだろう」と(笑)。

斉藤氏:
 アレはちょっと違うんですよ。僕はとりあえずインディゲームの生放送を、小さくてもいいからやりたいと。

小沼氏:
 テーマが大変良いので、大事に扱った方が良いと考えたんですよね。どうせやるなら、なるべくちゃんとやりたい、ということを伝えました。

斉藤氏:
 それで一緒にやりましょうと。

小沼氏:
  その申し出はうれしかったですね。というのも、斉藤さんは、一瞬、収入が不安定な時期があったんですよね。

斉藤氏:
 ドワンゴが不安定になった時に、バカーも不安定になった時期がありましたから。

小沼氏:
 その時に斉藤さんから「僕にセーフティネットを提供してください」という話があって。「わかりました。その代わり毎週定例の会合を開いて、僕に対して企画を提案したり、いろんな人を紹介したりしてください」と。今でもそれは続いているんですが。

──僕から補足しておくと、セーフティネットというのは要するに、リュウズオフィスでアルバイトさせてくれ、ってことですよね。

斉藤氏:
 そうです。ドワンゴがいろいろと組織再編する中で、僕はバカーからの給料を返上していたので。

小沼氏:
 その定例会議の中で、斉藤さんがずっとゲームの話をしていて。インディゲーム、特にPCのゲームが面白いという話をされるものですから、僕もやってみたんですよ。斉藤さんが薦めるゲームをやっていく中で、1カ月につき2、300時間ずつぐらい遊んで、けっこう体調を崩すレベルでハマり込んでしまって(笑)。

 『Slay the Spire』や『Frost Punk』は完全クリアしたし、『Deadcells』や『FTL』は具合悪くなるまで遊びました。『INTO THE BREACH』を仕事中に遊んでいる自分に気づいて、まあ確かにゲームを遊ぶのも仕事ではあるんですが、会社が潰れると思ったので完全クリアは諦めました。そして、これは斉藤さんじゃなくてTYPE-MOONの新納一哉さんに薦められたんですが、『RimWorld』にもドハマりしたし、あとは随分前の記事を見つけて遊んだ、墓守をするゲームとか。

斉藤氏:
 『Graveyard Keeper』ですね。

小沼氏:
 あれも完全クリアするまでやり込んでしまい。「面白い」と言われたインディゲームを片っ端から遊んでいたところ、こんなに面白いのかと。さらに、世界中で遊ばれている作品もけっこうあると。

  僕はもともとSteamでも遊んでいたし、別にコンシューマ至上主義というわけではなかったんですけど、市場として注目していたのは、コンシューマとスマホの市場だったんですね。
 でもインディゲームは熱狂しているユーザーが世界中にいて、市場としても可能性がある。その面白さに気づいて、日本のインディゲームの市場についても勉強して。そうすると、もちろん日本にも素晴らしい作品がいっぱいあるのに、世界に向かって情報発信をやりきっているタイトルは、そんなにないのではないかという課題意識が生まれて。

 そこから、先ほどの「The Game Awards」の日本版というのと、インディゲームの情報番組というのが結びついて。もちろん、インディゲームが日本だけで語れないのも分かっているので、日本のインディゲームも世界のインディゲームも日本に集めて、日本から情報を発信する。そういう発想にたどり着いたんです。

斉藤氏:
 やるなら全世界対応じゃないですか、という話を2人でして。じゃあどうやって実現しようか? それにかかるコストは? となった時に「ウチで持ちますよ」と。それは僕から言ったんですけど、それはなぜかというと、この企画をやるにあたって、小沼さんからは手を提供していただく。生放送のノウハウを提供していただく。言い出しっぺとしてその隣にいた僕は、じゃあネットワークとお金を提供しますと。

■「INDIE Live Expo 2020」は日本語、中国語、英語の番組を3つのスタジオで同時配信する「本気」の態勢で挑む

斉藤氏:
 というか、一番の動機としては、2人ともコロナでムカついてたんですよ。「この今の状況に対して、何か一発ブチ上げたい」と。それと「インディゲームってこんなに面白いじゃん」が結びついたんです。

 これをやることで、別に得にはならない。未来でいずれ得になるかもしれないけれど、今の時点では小沼さんもほとんど原価だし、なんなら赤字が出てるんじゃないかと思ってるし。僕も別に利益は出ないし、ウチのタイトルは2作品ぐらいしか紹介されないので、出したお金に対して見合ってはいないし。
 ただ、これをやることによって起こるインディゲーム全体の発展だとか、インディゲームはこれまで日本でもいろんな伝統を生んできたというのを、僕は「ニコニコ自作ゲームフェス」などを通じて知っているので、それができるだけ広い範囲の人々に伝わるのだったら、それはすごく価値のあることだなと思って、ここにガン!と張ったんです。コロナでイラついている時に思いついちゃったので、「やるしかないですね」と。

小沼氏:
 そうですね。伏線的な動機はいっぱいあったんですけど、直接的な動機は「コロナでムカついていたから」ですね。それと、僕がセーフティネットを提供していたはずの斉藤大地が、番組のコストを持つと言ってきて、なおかつ人脈も提供するという、謎のわらしべ長者が起きたのもありますが(笑)。それでやると決まったら、あとは全力で走りますと。

──先ほど説明したように、アルバイトで糊口をしのいでいたはずの斉藤さんが、具体的な金額は言わないまでも、けっこうな額を持ち出しでやるというのは、やっぱり覚悟がないとできないですよね。

斉藤氏:
 そうですね。普通の生放送の10倍ぐらい手間がかかっていますから。でも幸い、半年間でリリースしたゲーム2本がどちらもヒットしてくれたので。そういう意味ではインディゲームに対する恩返しだと思っています。

小沼氏:
 最初はもっとこぢんまりとやろうと思っていたんです。世界中に3つの言語で配信するというのは決めていたんですけど、なるべく自分たちの手弁当でできる範囲でやろうと。ところが、この放送の情報を発表してみたところ、世界中から凄まじい量の問い合わせが来て、これは本気でやらないとマズいなと。

 もちろん本気でやるつもりだったのですが、想像を超えた期待感を受け取ったので、もともと考えていた以上に、さらに真面目にやることにしました。

 具体的に言うと、日本語版の放送はもちろん真面目に作ります。外国語版は当初、手抜きというわけではないんですけど、もう少しライトにやろうと思っていたんです。つまり日本語版の放送を、中国語と英語とでそれぞれ実況放送する形でやるつもりでした。ただ、伝わってくる期待感だとか、問い合わせをいただく企業さんやクリエイターさんの真摯な態度を見て、これに応えないとダメだなと。

 ワールドワイドに日本の恥をさらすことになってしまうのは避けないといけないと思ったので。それで簡単に言うと、1個の放送を作るはずが、3個作ることになっちゃったんです。

──というと?

小沼氏:
 内容は同じ放送を各国語ごとに別の場所で、日本語、中国語、英語と、3つ同時に作ることになりました。日本語の放送を実況する、というスタイル自体に変わりはないのですが、ほぼ番組3つ分の規模感です。

斉藤氏:
 つまり、最初は1つのスタジオを使う予定だったのが、スタジオが3つ必要になったんですね。

小沼氏:
 なので、正直に言うとツライです。多くの会社さんに協賛は頂きましたが、大赤字です。

斉藤氏:
 突然、小沼さんが「やるしかない」って言い出したので。小沼さんは男だなと思いました。

小沼氏:
 斉藤さんからPLAYISMの水谷(俊次)さんをご紹介いただいて、さらに水谷さんからは世界中のインディゲーム企業をご紹介いただいて。これは水谷さんのおかげというか人徳なんですけど、世界中のメディアが採り上げてくれたり、協力を申し出てくれたというのもすごく嬉しいですね。

 もちろん日本のメディアも、電ファミさんをはじめとしてご協力を頂けて、たいへん有り難いんですけど、それが世界にまで広がっています。中国ではBilibili動画が全面バックアップしてくれる他、世界中のプラットフォームから配信の申し出がありました。とにかく世界各国の人たちに「面白いから応援するよ」と言ってもらえたのが、すごく嬉しいですね。

■新型コロナウイルスで失われた、世界のゲーム関係者との「つながり」を取り戻したい

斉藤氏:
 先ほど「コロナでムカついた」のが一番の動機だという話をしましたけど、それはなぜかというと、僕や小沼さんは去年、海外にけっこう行っていたんですね。それでゲームを通じて海外の大勢の人と仲良くなって、2人で「こんな面白いことはないだろう」と思っていたんです。だけどコロナによって、海外の人との新しい出会い、海外での何かの出会い。それがまったく失われてしまって。これは本当にツライことなんです。人生にとって、世界にとって、マジでもったいないことで。

 だからこのイベントを通じて、そのつながりをせめて少しでも取り戻したかったんですね。世界中にゲームを好きな人がいて、その人たちはヘンな面白いゲームを好きで、それを通じて仲良くなった絆を、なんとか取り戻したい。世界中で同じ番組を見て、「INDIE Live Expo」で検索しすると世界のあちこちからいろんな感想が出てくる、みたいなことになったらすごく面白いなと思っています。

小沼氏:
 僕の中で大きなきっかけになっているのは、コロナが流行する直前だったんですけど、去年の12月に中国の上海で行われた「WePlay Game Expo」なんです。そのイベントで斉藤さんがブースを出展していて、そのゲストとして僕も行ったんですね。

 そのイベントは、細かいところにはツッコミどころもいろいろあったんですが、とにかく熱気をすごく感じられたんですよ。記事にもなっていますけど、人が集まりすぎて中国の公安に解散させられるということが何回もあったりして。それ自体は日常茶飯事らしいんですけど(笑)。

 それはさておき、中国の人たちの熱気が本当にすごくて。最後、打ち上げのパーティに参加させてもらったんです。百数十人で大宴会をやったんですけど、これがもう底抜けに楽しかったんですね。

 こっちは日本語で向こうは中国語で、みんな酔っ払っていて各国の言語でしゃべっているんですけど、なんだか通じているような気がして(笑)。それがもう忘れられないぐらい楽しくて。ゲームを通じてこんな思いができるんだ、というのを思い知ったんですよね。

 そんな体験をしたのが2019年の12月で、じゃあ2020年は斉藤さんと一緒に、もっと海外に行こうよということで、クロアチアだとかドイツだとか、いろんな計画を練っていたんです。

 海外でゲームを通じて、もっとそういう出会いをしたいと。それがビジネスになるかどうかは分からないけれど、何かに気づいたり、発見があったり、新しい出会いから何か生まれるんじゃないか。それが「日本のゲームを世界に」というテーマにどこかでつながるんじゃないかという希望を込めて、今年1年間は外国に学びに行こうと思っていたんです。

斉藤氏:
 とりあえず海外出張を3つぐらい予定を入れていましたよね、我々は。

小沼氏:
 それが新型コロナウイルスで、全部吹っ飛んだんですよ。だからその代償行為かもしれませんけど、直接対面はできない代わりに、世界の人たちとゲームを通じて出会うきっかけを作ろうと思って。その観点から言うと、今の時点ですでに予想を超えた成功がありました。

斉藤氏:
 もうすでに、いろんなところで友情と面白さが生まれていますね。

小沼氏:
 先ほどお話ししたように、海外の会社さんからも協賛の申し入れがあって。当然、英語だったり北京語だったりでミーティングをするんですけど、もちろんZoomです。直接は会ったこともないです。

 誰かから紹介されたとか、メールフォームからコンタクトしてきたという会社さんとミーティングして、そこで我々の企画や考え方に「共感したので応援したい」と外国語で言われると、それはすごく感動があって。イベントはまだ終わってもいないですけど、日本から発信する最初の段階として、「まずは繋がる」というところはいったん成功できたなと思っています。

斉藤氏:
 『UNDERTALE』のトビー・フォックスさんからコメントを頂けることになって、そのコメントのラフを見ましたけど、みんなで感動しましたからね。今、こういう気持ちでイベントを立ち上げて良かったと思いました。僕らも背筋が伸びるような、すごくいいコメントですね。

小沼氏:
 そうですね。まさに背筋が伸びるような感じですね。最初は「コロナむかつく」という勢いで始めたようなイベントですけど、日本人も含めた世界各国の方から予想以上に真面目なレスポンスをたくさん頂いて、これは損得ではなく、全力でやらないといけないなと。

 日本から情報発信をする、日本から世界とつながろうとするというのは、我々以外にもやるべきだと思っているし。我々としてはこのイベントがきっかけとなって、昨年12月のWePlayで自分たちが味わったような体験を我々も提供できたらいいなと思うし、我々以外の人たちがそういったことをできる道筋やきっかけにこのイベントがなってくれたら、それはすごく良いことなんじゃないかなと思っています。

──実際問題として、日本発で海外まで届くような情報発信というのは、任天堂クラスなら単独でやれるんでしょうけど。

斉藤氏:
 ニンテンドーダイレクトがまさにそうですからね。

──それ以外だと、そんなに大々的にやっている印象はなくて。草の根とまでは言わないけれど、そんなに大きくはないリュウズオフィスやワイソーシリアスからこういう取り組みが出てくるのは、客観的に見てもユニークだと思います。

斉藤氏:
 日本からゲームの情報を発信する際に、日本語と英語というのはあっても、日・中・英という3カ国語に対応しているというのは、まずないでしょうね。それは我々が中国のゲームユーザーにものすごく共感したというのと、世界というのは決して英語圏だけではないというのをすごく感じたのがきっかけです。

──そういう意味でも、インディゲームのイベントの中でもすごく大勢の人に見られるイベントになるだろうという確信があって。そこはこのイベントのひとつの特徴というか、注目すべきポイントだと思っています。なので、数字的な結果も含めてどういう結果になるか、非常に注目したいですね。それでは、当日の放送を楽しみにしています。(了)

 新型コロナウイルスによって、日本をはじめとする世界各国の産業が大きなダメージを受けるなか、ゲーム業界はダウンロード購入の容易さや、自宅待機に伴うオンラインプレイの高まりといった恩恵を受けて、活況を呈していると言われている。だがその一方で、当然ながら失われたものも多い。E3や東京ゲームショウと言った大型ゲームイベントは中止を余儀なくされたし、小沼氏と斉藤氏が語ったように、国境を越えたゲーム関係者の交流に関しては、少なくとも直接対面する機会が戻るのはまだかなり先のことになるだろう。

 そうした国境を越えた「つながり」を取り戻すために立ち上がったのが、昔からインディゲームに深く関わってきた斉藤氏と、ゲーム番組の生放送を作り続けてきた小沼氏の2人だというのは、こうして見てみると、やはり必然だったと言える。

 斉藤氏が自身のプロフィールを通じて語ってくれたように、インディゲームはそれ自体がそもそも、開発者とプレイヤーの「つながり」や、そして実況者と視聴者の「つながり」を媒介にして普及してきたものだ。そして国境を越えたつながりを生み出す上において、インターネットの生放送は最も効果的なメディアである。

 「INDIE Live Expo 2020」は、この番組でどんなタイトルや新情報が発表されるのかというのも気になるが、それだけでなく、この番組を通じていったいどんな新しい「つながり」が生まれるのか、その点にも大いに注目したい。

電ファミニコゲーマー:TAITAI、クリモトコウダイ、伊藤誠之介

著者: ” — news.yahoo.co.jp

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ゲーム業界ニュース

名前からしてKO_OP,性質からして協同組合 –

Mine Sasaki

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共同設立者のSaleem Dabbous氏が,Winding Worldsを作ったスタジオの従業員協力体制について,雇用から解雇,そして全員が共同所有者となった場合の意思決定までを語っている。

 KO_OP Modeは実は労働者協同組合(Worker CO-OP)ではない(参考URL)。少なくとも,今のところはそうではない。

 しかし最近GamesIndustry.bizの取材に応じた共同設立者兼スタジオディレクターのSaleem Dabbous氏によると,GnogやApple ArcadeのタイトルWinding Worldsを手がけたモントリオールを拠点とする独立系スタジオは,何年も前からそのように運営されてきたという。

 「スタジオを設立したときは,CO-OPモデルというものを知らなかったんです」とDabbous氏は語る。「KO_OPという名前は,もともとはビジネス構造というよりも,共同作業の精神を反映したものだったんです」と氏は語る。「1年か2年前までは,我々の友人たちが,我々の運営方法や話し方を見て,CO-OPの存在を考えたことがあるのではないかと言っていました。我々はそれを調べてみて,『これはまさに我々が信じていることだ。そうしよう』と思ったんです」

 スタジオは,従業員が所有し,民主的に運営するCO-OP構造へと移行した。それは夏の終わりまでに完了することを望んでいる。



 CO-OPモデルは,彼らのインスピレーションの1つであるインディーズレコードレーベルに合致しているように思われた。

 「我々は,音楽シーンにおけるインディーズレコードレーベルのアイデアに本当に触発されました。

 我々は,アーティストが自分たちの作品の担い手であり,所有者であることを信じています」とDabbous氏は付け加えている。ビデオゲームを作ることは大きな挑戦であり,誰もが自分の作品に多くの犠牲を払い,自分の作品に多くの時間を費やしている。

 Dabbous氏は,お金を人と人との差別化要因として捉えたくないと語る。その一環として,KO_OPでは全員が同じ給料をもらっている。

 「それが才能を維持するための最良の方法であり,人々に多くの信頼とコントロール,そして明らかにオーナーシップを与えることで,人々をスタジオに留めておく方法なのです」

 それでは既存の従業員が経験の浅い新入社員を雇いたがらないのではないかと聞いてみたが,Dabbous氏によるとKO_OPには新人と上級者の健全なミックスがあるとのことだ。

 「私は,最高の人材とは,あなたが訓練して必要な人材に育て上げた人材だと固く信じています」とDabbous氏は語る。「また,それが才能を維持するための最良の方法でもあります」

 コインの反対側では,この一律の給与が,より高給取りの分野や経験豊富な人材を採用することになると,スタジオの競争力を低下させるのではないかと質問している。

 「高額な給料では太刀打ちできないが,環境や我々が作っている作品,そして非常に透明性の高い方法で物事をコントロールし,所有権を持っているという事実のために,減給で入社した人も何人かいます」と氏は語る。「このスタジオに入社した人たちは,大幅な減給を受けています。このような環境の一部になりたいと思っている人たちにとっては,採用面での競争力が低下することもありますが,『このスタジオの一部になりたい,給料よりもそれが私にとって重要だ』ということは以前にもありました」

 これまでのところ,そのアプローチはおそらくスタジオの文化に合う人を選ぶのに役立っており,KO_OPはまだ誰も手放していない。KO_OPはまだ誰も解雇していない(共同創立者のBronson Zgeb氏は昨年退職したが,Dabbous氏はそれは個人的な理由によるものだったと言っている)。

 それでも,スタジオがそのような状況に陥るのは避けられないとDabbous氏は語る。そのため,誰かを対等なオーナーとして雇う前に6か月間の試用期間を設け,試用期間後に問題が発生した場合にスムーズに解決するためのプロセスを設けている。

 「問題が発生した場合,解雇の段階に至るのは,文字どおりすべて(の代替手段)を使い果たしたあとの最後のシナリオとなるように,多くの紛争解決を行っています」とDabbous氏は語る。「人々がその環境に留まりたいのであれば,その環境に留まるのが当然なのです」

 意図的に保守的な雇用アプローチは,KO_OPが急ぎで生産量を増やす必要があるときには請負業者に頼ることを意味している。

 「CO-OPモデルは,会社を運営するうえで透明性のある対等な層のことを指しています。それは必ずしもフラットなクリエイティブなヒエラルキーである必要はありません」

 ゲームデベロッパがコストを抑えるために契約社員を搾取したという話はあとを絶たないが,Dabbous氏によると,スタジオの共同所有者にならなくても,KO_OPはこれらの協力者のために正しいことをしようとしているとのことだ。

 氏によると,KO_OPはケベック州で契約社員を有期雇用として雇用し,彼らに法的な権利と保護を与えているという。彼らは通常の従業員の標準的な福利厚生をすべて受けることができるが,その期間には終了日があり,契約時にそれを知ることができる。さらに,KO_OPが契約期間の終了前に契約者を解雇することを決定した場合,契約者は残りの契約期間分の給与を受け取ることができる。

 労働者行動組合を取り巻く一般的な誤解について尋ねられたとき,Dabbous氏は,従業員や共同所有者の全員が何をすべきかについて口論することに時間を費やしてしまうため,何もできなくなるのではないかと恐れられていることが最大の問題だという。過去にコラボレーションで嫌な経験をしたことがある人や,アーティストがやっていることに対してなぜプログラマが発言権を持っているのか疑問に思う人も多いとDabbous氏は語る。



 「それは実はCO-OPモデルでは本質的なことではありません」とDabbous氏は語る。「CO-OPモデルは,会社を運営するうえでの透明で平等な層のことです。必ずしもフラットなクリエイティブなヒエラルキーである必要はないのです」

 「我々のスタジオでは,ビジネス上の決定はフラットなヒエラルキーで行われています。意思決定はまったく透明で,なにをやるのか投票で決めます。しかし,人々の経験を優先し,コンセンサスを得るためのシステムやルールも用意しています。全会一致ではなく,コンセンサスが重要なのです」

 スタジオの業務を決定するための会議には定足数が必要なルールがあり,動議を可決するためには定足数の何%の賛成が必要かというルールがある。プロジェクトの責任者が指定されており,最終的には彼らがその分野の最終決定権を握ることになる。

「ビジネスレベル,構造レベルからの信頼のシステムがあれば,その信頼はクリエイティブな仕事にも反映されます」

 「我々は皆,ビデオゲームを作ろうとしている人たちは本当に忙しく,制作は我々にとって非常に深刻な問題だと認識しています」と氏は語る。「だからこそ,人々は自分のアイデアを推し進めるべきときと,手を引くべきときを知っているのです。最終的には,誰かがショットを決めることになるので,我々はそれを受け入れて前に進まなければなりません」

 最終的に,Dabbous 氏は,協力プレイモデルはデベロッパだけでなく,彼らが作るゲームにとっても良いものだと考えている。

 「ビジネスレベル,構造的なレベルからの信頼のシステムがあれば,その信頼はクリエイティブな仕事にも反映されます」とDabbous氏は語る。「一緒に仕事をしている人たちと実際に深い絆が生まれ,彼らはあなたをより信頼して,−あなたの意見に同意していなくても− あなたが本当に信じていることをやらせてくれるようになります。あるいは,彼らはあなたがこのプロジェクトの責任者であることを受け入れ,最終的に何が起こるかを決めるのはあなただということを理解しています」

 「ビジネスレベルではフラットなヒエラルキーを持っていて,みんな同じ報酬をもらっていることを知っていて,誰も台なしにされないことを知っているのです」

 このモデルは,デベロッパや報道関係者から業界内で多くの好奇心を集めている。しかし,Dabbous氏によると,スタジオのパブリッシングパートナーが必ずしも同じ関心を持っているわけではないそうだ。

「今回のパンデミックは,現在のシステムの醜さと,それがいかに人々を傷つけ,足かせにしているかを多くのことを明らかにしていると思います」

 「私の経験では,スタジオの構造が外部のパートナーとの話し合いに入ることはほとんどありません」と氏は語る。「どちらかというと,『これが我々の手口であり,我々が制作した作品であり,我々が誰であるかということで,このスタイルとクオリティでこの作品を制作していた』という感じです。ですから,我々と一緒に仕事をしたいと思ってくれれば,普通はそこまでの話になるのです」

 ソーセージがどのように作られるかは誰も気にしていないと言ってみると,Dabbous氏は「我々はオーガニックで倫理的なソーセージメーカーになろうとしています」と答え,それについては言及しないでほしいと要求した。氏は後で言葉を和らげた。

 会話は組合の話になり,ダブスは業界でもっと見たいと思っている労働者代表のもう1つの形になった。しかし,業界ではどのような進歩を遂げているのかと質問すると,Dabbous氏はとくにゲーム業界での普及の有無や時期についての推測を避けている。

 「世界的なパンデミックがどのように状況を揺るがすのかは分かりませんが,今回のパンデミックは,現在のシステムの醜さや,それが人々を傷つけ,足手まといにしていることの多くを明らかにしていると思います」とDabbous氏は語る。「この種のことに少しでも明るい兆しがあるとすれば,より多くの声が自分たちの仕事に力と構造を得るという点で団結し,資本主義が我々に押し付ける多くのクソみたいなことに反対して,より多くの力を与え,組織化されることを願っています」

 「現在の危機の中で,従業員に病欠手当を支給しない会社があります。『出社しなければ解雇されるか,仕事を失うことになる』と言っているのです。これは驚くほど動揺を誘い,見るからに恐ろしいことです。このような状況では,労働者にはそのようなことに対抗する権利がありません。しかし,労働者が組合に加入することができれば,そのようなひどい慣行に対抗するために,労働者を支援してくれる体制を整えることができます。世界的なパンデミックでは,権力者が仲間の健康よりもビジネスの経済的ニーズを完全に優先させているケースをたくさん目にしています」

 さらに,「我々と非常に似たようなシナリオで,多くの意思決定や権力を同僚と共有しているデベロッパには,組織化してオーナーシップ構造の一部となり,CO-OPに移行することを奨励したいと思います。個人的には,多くの場合,それが正しいことだと思っています。いくつかのケースではそうではないかもしれませんが,多くのケースではそうです。さらに人々が気づいていない多くの利点があると思っています」



著者: “jp.gamesindustry.biz編集部 — jp.gamesindustry.biz

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ゲーム業界ニュース

元ドワンゴ不良社員の今 ― 収入を失うもゲームで一山当て、インディゲームの発展を願うように【INDIE Live | ニコニコニュース

Mine Sasaki

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 2020年6月6日(土)の19:50より、インディゲームの情報番組「INDIE Live Expo 2020」が、インターネット生放送される。

 「INDIE Live Expo」は「優れたインディゲームをより多くの人に楽しんでもらう」をモットーに掲げているオンラインイベントだ。本イベントでは日本語中国語、英語の3カ国語で、YouTube LiveTwitter(Periscope)Twitchbilibiliから全世界へ向けて一斉に生放送されることになっている。


 このイベントを中心になって運営しているのが、リュウオフィス代表取締役小沼竜太氏と、同イベントスポンサーであるワイソーシリアスWhy so serious, Inc.)の斉藤大地氏のお2人だ。……と言っても、このお2人の名前や会社名を見てすぐピンと来るのは、ゲーム業界に精通した人か、電ファミニコゲーマーのかなり熱心な読者ぐらいではないだろうか。

(画像は株式会社リュウズオフィスより

 リュウオフィスは、ペルソナシリーズ真・女神転生シリーズ、そしてスマホゲームFate/Grand Orderといったタイトルプロモーションに携わっている企業であり、電ファミニコゲーマー誌上でも以前、同社について取材したことがある。同社は特に、ゲーム関係のインターネット生放送では高い実績を持っており、同社が手がけた生放送を一度は目にしたことのある人も多いだろう。

『FGO』や『ペルソナ』の影に潜むエージェント・リュウズオフィス──『マンガで分かる!FGO』や『カルデア放送局』を企画したその会社に迫る

 ワイソーシリアスは、バカーという会社でインディゲームTouhou Luna Nightsプロデュースした斉藤氏個人が起業した会社であり、2019年10月の設立から現在までに、幻想郷萃夜祭Steamリリースしているほか、ロードス島戦記―ディードリット・イン・ワンダーラビリンス―Steamアーリーアクセスリリースしている。また、じつは斉藤氏は、かつてはドワンゴの社員であり、「ニコニコ自作ゲームフェス」や「電ファミニコゲームマガジン」(現ゲームマガジン)に関わっていたほか、この「電ファミニコゲーマー」の副編集長を務めていたこともある。

(画像はSteam:ロードス島戦記ーディードリット・イン・ワンダーラビリンスーより

 このように、どちらかと言えばゲーム業界でも裏方に近く、決して大規模なわけでもない2つの会社が、なぜ多言語による生放送を世界に向けて発信しようとしているのだろうか。今回はその理由について、小沼氏と斉藤氏のお2人を取材した。

 なお、新型コロナウイルスの影響下にある他の多くのメディアと同様に、この取材もZoomを使用したリモート会議で行われている。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/クリモトコウダイ


斉藤大地は、ドワンゴの川上会長に「働かない」と名指しで言われた不良社員だった

──今回、「INDIE Live Expo 2020」のお話を聞くにあたって、読者からは「この人たちって何者なの?」という疑問があると思うんです。小沼さんに関してはリュウオフィスの業務について、過去に電ファミで取材していますが。

 一方の斉藤さんに関しては、大多数の人は「誰?」という感じですよね。だからまずは、斉藤大地という人物のストーリーから入っていこうと思います。ドワンゴの不良社員だった斉藤さんが、じつは「ニコニコ自作ゲームフェス」や「電ファミニコゲームマガジン」で昔からインディゲームに深く傾倒していて、そして今、さらに次のステップに進もうとしている。そのことによって、今回のイベントが持つ意義も明らかになっていくのかなと思っています。

小沼竜太氏(以下、小沼氏):
 川上量生さんが「ロクに仕事をしない」と言った、斉藤大地の物語ですね。

小沼竜太氏

斉藤大地氏(以下、斉藤氏):
 たしかに不良社員でございました(笑)4Gamer.netで平さん(弊誌編集長、本稿の聞き手であるTAITAI)が取材した川上さんのインタビューで、名指しで「仕事をしない」と言われた新卒社員でしたから。すごく懐かしいですけど。

 僕が入社した時のドワンゴは、ニコニコ動画の成功もあってものすごく上り調子で。公式生放送がいっぱいあって、ゲーム実況がまだ水面下ではあるけれどもブームになっていて、もちろんボーカロイドも人気で。それを見て僕も「ドワンゴっていいな」と思って新卒で入社したんですけど。

斉藤大地氏

──それは何年ぐらいのことですか?

斉藤氏:
 今から9年前です。僕が入社した年に、最初の「ニコニコ超会議」が企画されたんですよ。第1回の超会議2012年なので、僕は2011年入社ですね。

 ドワンゴと同時にゲーム会社もいくつか受けていて、そのまま本気で就活を続けていれば、どこかに受かっていたかもしれないです。でもドワンゴの内定を早々にもらって、この会社は面白そうだぞと思っていたので、そこで就活を止めちゃったんですね。当時のニコニコ動画は、僕にとって明らかに「次に来る何か」だったので。

──当時のドワンゴだと、新卒で採用されるのは基本的にエンジニアですよね?

斉藤氏:
 僕の次の年からは企画職採用はなくなりました。どうやら本当は、その年は新卒を採る予定がなかったらしいんですよ。ところがドワンゴとしては、社内でコンテンツを作るかもしれない状況だったので、コンテンツを作りそうな人間を新卒で採ろうということになったみたいで。でも、入ってみたらほんとに何も仕事なかったですね。

 超会議の企画が始まって、ZUNビール【※】の担当になったのが、最初のまともな仕事ですね。それまでの半年ぐらいは、本当に何も仕事をしてなかったに近いです。正直、ドワンゴ史上で最も働かない新卒だったのは間違いないです(笑)

(画像は超ZUNビール ~ひろゆきを添えて~ | ニコニコ超会議3より)

ZUNビール
東方Project」の原作者であるZUN氏がオリジナルビールプロデュースして、「ニコニコ超会議」の会場で限定販売するプロジェクト2ちゃんねる創設者のひろゆき氏がプロデュースする「ひろゆきビール」とともに、ニコニコ超会議恒例の企画として続けられている。

──「何も」というのが、あまり実感が沸かないんですけど。というのも、当時のドワンゴはもうちゃんとした会社になっているわけじゃないですか。だからチームもあれば、定例会やレポートもあるわけですよね?

斉藤氏:
 僕は、部長のアシスタントという名義の立場で、そのチームに所属していなかったんですよ。だから定例会もレポートもない。プロダクトのチームに入ってWEBディレクターの部下とかになっていたら、また違ったんでしょうけど。

 いちばんヤバかったのは、当時の副社長だった太田(豊紀)さんのいる打ち合わせで「企画書を書け」と言われて、「イヤです」と言ったことですかね。

──太田さんはどんな反応だったんですか?

斉藤氏:
 さすがにちょっとビックリしてました(笑)。自分でもなんであんなことを言ったのか、今では覚えていないんですけど。当時はメチャクチャ働きたくなかったんでしょうね。東日本大震災の後に、本当にやる気を失っていたので。

 震災前はやる気に満ちていたんですけど、東北の出身ってこともあったのと、震災の後で文化がすごく変わった。それで当時の自分、若き斉藤大地が理想としていたなにかが終わってしまったんでしょうね。そんな状態のまま、ドワンゴに入っちゃったと思うんです。

 自暴自棄になっていたような気もします。そのせいか太田さんに向かって「イヤです。向いてないと思います」って言っちゃったんですよ。本当にクソバカな新卒だったので。その時は一緒にいた先輩が「私がやります」って引き取ってくれたんですけど。

──当時のドワンゴの懐の深さがスゴイですね。

斉藤氏:
 懐が深すぎますよね。でも当時は、僕よりヤバいひとたちがいっぱいいましたから。僕は何もしなかっただけです!

──少なくともマイナスではないと。

斉藤氏:
 給料泥棒という意味ではマイナスなんですけど、働かないぐらいは可愛いものだったのかもしれませんね。新卒でそれは、さすがに珍しかったと思いますけど。

ネットをリアルに落とし込むことが、ドワンゴの目指していた「革命」だった

──私がドワンゴというかKADOKAWAグループに入った時に、斉藤さんはすごくドワンゴらしい企画をやる人だなと思ったんです。だから斉藤さんが、ドワンゴの企画の立て方だとか企画のありようをどこで体得したのかというのは、けっこう興味があって。

斉藤氏:
 いちばん学んだのは絶対に超会議ですね。ドワンゴの先輩たちは、超会議の企画でけっこうムチャをやっていて。

 たとえば「ZUNビール」は、当時の直接の上司が突然「ZUNさん、お酒を造りましょうよ」とノリで作った企画で、それが今でも続いているんですけど。「東方Project」に直接触るのはちょっと難しいけれど、ZUNさん本人は超会議に出てきてくれるかもしれない。じゃあZUNさんが好きなことをやろう。それはお酒だと。この思考回路はたいへんドワンゴっぽいというか、当時の上司らしい企画で、それを学ばせてもらいましたね。

 あとはニュースチームを隣で見ていて、とにかく面白いものをいち早く採り上げるというのが、あの時のドワンゴの魂としてあって。

 当時の超会議「言論コロシアム」というブースがあったんです。単にトークイベントをやるだけなんですけど、企画を通すのに図面とか企画書じゃなくて、担当者がブースの模型を持っていってプレゼンしたんですよ。「ここはコロシアムなんだ!」とか言ってやっていく感じは、すごく活気がありましたよね。

(画像は言論コロシアム | ニコニコ超会議3より)

 そんなふうに先輩たちが、ドタバタしているなかで自分のやりたいことをゴリッと通す姿を見ていて、「この会社は無理が通るな」と。それで3回目の超会議の時に、自分も企画書を出してみたら、企画が通ったんです。

──それはどんな内容だったんですか?

斉藤氏:
 僕は個人として当時、カゲロウプロジェクト【※】というのがすごく面白かったので、初めて企画書を書いたんです。ちょうど『カゲロウプロジェクト』がアニメ化メカクシティアクターズ)された時だったので、アニメのアジトを再現するブースを作ったんですね。

 しかもそれは、最初の企画のOK以来、ほぼ誰の承認もなかったんです。一応報告はしましたけど、それに対してなんの咎めだてもなくて。

 もちろん許諾を取りに行く必要があるんですけど、それは僕が毎週アニメアフレコスタジオに行って、原作者のじんさんに「これでいいですよね」って、毎週勝手に見せて勝手に交渉してましたから。そういう放し飼い感みたいなものはスゴかったですね、超会議は。

 面白いことならやっていい、帳尻は後から合わせる、みたいな感覚だったのが、超会議の1回目、2回目、3回目でした。もちろんそれは、裏方の人に多大な迷惑をかけていたのでとても反省しましたけどね。

※『カゲロウプロジェクト
音楽家小説家クリエイター“じん”による、マルチメディアミックスプロジェクト2011年に発表されたボーカロイド曲を起点として、音楽、小説、漫画といったさまざまなメディアで物語が展開された。2014年にはTVアニメメカクシティアクターズ』も放映されている。

──当時のニコニコとかドワンゴポジションって、やっぱり「革命」ですよね。ネットリアルの境目を突き崩す革命運動みたいなものに、みんなのめり込んでいた。

斉藤氏:
 当時はインターネットリアルが離れていたものだったので、インターネットからリアルに攻め込んでいくんだ、それによって何かが変わるんだ、という感じがすごくしていました。僕もそれに共鳴してドワンゴに入ったし、それに対して何らかのことをやりたいと思っていて。
 『カゲロウプロジェクト』というネットから始まったIPを超会議の会場に再現する試みを、自分から手を挙げて企画させてもらったのも、そういう主旨だったと思います。

──リアルのものをネットに持ち込むという企画も成立したし、ネットのものをリアルに持ち出すというのも企画になり得たし。逆に言うと、ただそれを愚直にやるだけで企画性が伴った時代だったのかなと。

斉藤氏:
 そう思います。リアルですごく強いもの、たとえば政治家だったりをネットに持ってくるのもそうだったし、インターネットで強いものをリアルに出すのもすごく面白かったし。

 その当時、ARG【※】という概念がでてきていて。それって要するに、リアルゲームをやりますというもので、リアル脱出ゲームとかが近いんですけど。僕はそれをやるためにドワンゴに入ったと自分では思っていました。超会議の『カゲロウプロジェクト』ブースでもそれをやらせてもらった。

 それはある意味ゲームデザインですから。インターネットだとかフィクション上のものをリアルに落とし込むためのゲームデザインを考えることに僕もハマっていたし、じつは当時のドワンゴの人間はみんな、広い意味ではそれをやっていたんじゃないかと思います。

※ARG
Alternate Reality Games」の略で、日本語では「代替現実ゲーム」と呼ばれている。動画やポスター、電話や電子メールといった日常に存在するメディアを通じて断片的な情報を提供し、不特定多数のプレイヤーが協力して謎を解くことで、次第に大きなストーリー明らかになっていくというもの。広告キャンペーンなどにも利用されている。

──話は前後しちゃうかもしれませんけど、今現在、ネットリアルがある種、融合しきった時に、当時の理想だったものは実現できたのでしょうか。

斉藤氏:
 それで言うと、インターネットリアルの融合って、今ではわざわざ言うべきことでないぐらい実現したと思うんですね。別にもう、そんなの一緒じゃん、みたいな感じになっちゃって。だからみんな寂しいと思うんですよ。当時はネットリアルが離れていたので、近づけたいとか混ぜたいみたいな欲望が強かったと思うんですけど。

 僕はドワンゴ社員だったからあえて言うんですけど、それに関しては正直、ドワンゴが大きな役割を果たしたと思います。でも、それが実現しちゃったなと思った瞬間はありましたね。

──その「実現しちゃったな」という感覚を得たのは、何年ぐらいのことですか?

斉藤氏:
 超会議が「マンネリだな」と言われ出した段階で、もうだいぶ実現していたと思うんですよ。道筋はついていたと思います。具体的には超会議4回目ぐらいです。
 ネットリアルの融合が当たり前になったこと自体は素晴らしいことだと思うんですけど、少し寂しい気持ちはあります。

「ニコニコ自作ゲームフェス」を担当して、「ゲームに貴賤なし」という思想に傾倒した

──ニコニコ超会議の企画を自分で発案するようになって、そこからは真面目に仕事をするようになったのですか?

斉藤氏:
 ニコニコ超会議3で『カゲロウプロジェクト』の仕事をやった後、突然、川上(量生)さんに呼ばれて。4Gamer.netのあの記事が出たのもちょうどその頃ですよね。記事が出て1カ月後ぐらいに突然、会長室に呼ばれて「働け」って言われたんですよ。「働いてますよ」「ウソをつけ」みたいな(笑)

 それで、会長室直下にゲームタスクフォースを作るから、そこに入れと言われて、「イヤです。働きたくありません」と答えたんですが、当たり前ですけど押し切られまして。

そうして入った部署が後に、KADOKAWAドワンゴを併合する際の最前線となって、そこで平さんと出会うことになるんです。

──そうですね。

斉藤氏:
その部署でニコニコ自作ゲームフェスというインディゲームコンテストが始まって、それがたいへん面白くて。というのも、僕はインターネットフリーゲームがメチャクチャ好きだったので。

 RPGツクールなどで作られたフリーゲームがまだ生き残っていて、しかもそれがゲーム実況で採り上げられている。そのこと自体は知っていたんですけど、まさかそれを仕事にするとは思っていなかった。たいへん面白く取り組みましたね。

(画像はニコニコ自作ゲームフェス新人賞2020 受賞作品発表より)

──私がKADOKAWAグループで働き始めて、川上さんから「ゲームチームを紹介するよ」と言われて会ったのが、伊豫田(旭彦)さんや斉藤さんで。この人たちは一般的なゲームの詳しさとは、ベクトルがぜんぜん違っていて。いわゆるコンシューマゲームPCゲームというよりは、当時のネットの最前線というか……あの当時のフリーゲームはなんて言えばいいんでしょうね。

斉藤氏:
 フリーゲームは、ゲーム実況で多くの人に見つかってしまった、ネットの隠れたすばらしい文化です。

──当時は商業ゲームを実況するといろいろ怒られるかもしれない時代だったので、必然的にフリーゲームを実況するのが流行っていて。そこに対して詳しいヤツら、というのが伊豫田さんや斉藤さんだったんです。だから私がそれまで知っていた、ゲームに詳しいジャーナリストとかゲームクリエイターとはぜんぜん違う人種だったんですね。それを面白いなと思ったのを覚えています。

斉藤氏:
 そのチームでよく話していたのはゲームに貴賤なし」ということでしたね。どんな形をしていてどんなメディアであっても、ゲームゲームで、面白ければ面白いのだと。ゲーム実況を通じて見ると、メチャクチャそれがよく分かったんですね。コンシューマのグラフィックがものすごく綺麗なゲームでも、『RPGツクール』のデフォルトの素材でパッと作ったゲームでも、面白くて、人に見られて、人を楽しませる時には、それって別に等価だと。
 その思いを強めたのは、「自作ゲームフェス」を僕が担当したとき、ゲームフリーク中村光一さんのところに「あなたたちも昔は自作ゲームクリエイターでしたよね?」と取材に行って、動画をもらったんです。

 昔は1人や少人数でゲームを作って、それが大きくなっていくというのが、けっこう当たり前だった。ゲームフリークは同人サークルだし、中村光一さんは高校生の時にプログラミングコンテストで受賞した人ですから。それは今「自作ゲームフェス」で出てきている人たちと何も違わないですよね? という話をしたら、「そうだね」と言ってくれたんですよ。「僕らもこういう時期があったよ」と。

 自作ゲーム、インディゲームというのは最近流行り始めたものではなくて、日本でもゲーム業界が始まった当初からずっとあり続けている伝統文化なんです。それはこの「ニコニコ自作ゲームフェス」の時に分かったことですね。

『殺戮の天使』をプロデュースしつつ、二足の草鞋で「電ファミ」の副編集長に

──そういう感じでドワンゴの中にゲームチームが立ち上がって、その横で私もドワンゴに入ってくるわけですけど、すぐには合流せずにちょっと間が空いてますよね、たしか。

斉藤氏:
 そうですね。隣の隣ぐらいにいましたよね。

──それで、斉藤さんは「ゲームマガジン」【※】をやっていて。

ゲームマガジン……PC向けの無料ゲームを連載形式で公開し、それを複数集めた雑誌のようなWEBサイトとして運営するプロジェクト。現在はスマートフォン向けのアプリも配信されている。2015年に「ニコニコゲームマガジン」としてスタートし、2016年に「電ファミニコゲームマガジン」となり、現在は「ゲームマガジン」として運営が続けられている。『コクラセ』『殺戮の天使』『被虐のノエル』といったゲームが、このサイトで公開されている。
(画像はゲームマガジン – ネット発クリエイターのゲームが連載中より)

斉藤氏:
 「ニコニコ自作ゲームフェス」に本当に素晴らしいゲーム作家が集まったし、インターネットにはすごく良いゲーム作家がいました。彼らと一緒にゲームを作りたいなと思って始めたのが、「ゲームマガジン」です。

──でも『殺戮の天使【※】コミックが出るか出ないかぐらいのタイミングで、「ゲームマガジン」のプロジェクトがなくなる、みたいな話があったんですよね? それで斉藤さんが「なんとかしなきゃ」といろいろ立ち回る中で、私にコンタクトを取ってきたと。

※『殺戮の天使』……「ゲームマガジン」で2015年2016年に連載された、真田まこと氏によるサイコホラーアドベンチャーゲーム。記憶を失ってビルの地下で目覚めた少女レイチェルが、殺人鬼ザックとともに地上を目指すことになる。漫画や小説などでも展開されているほか、2018年にはTVアニメも放映された。
(画像は殺戮の天使(作者:星屑KRNKRN(真田まこと))公式サイト|無料で遊べるゲームマガジンより)

斉藤氏:
 あぁ、懐かしいですね。まさにそうです。

 「ニコニコゲームマガジン」を2015年5月から始めて、順調に伸びていったんだけれども、一方では組織再編とかがいろいろあって、部署を2回ぐらい変わったんです。このままでは潰されるかもしれないという時に、ここしかないと思ってコンタクトを取ったのが、平さんの電ファミニコゲーマーの部署というか、当時は会社でしたね。

──そうです。リインフォースという会社でしたね。

斉藤氏:
 そこに「入れてください」と。ここならたぶん予算が出るだろうと思って(笑)

──当時はね(笑)。もともと斉藤さんの存在は知っていたし、ちょこちょこやり取りもしていて、企画力みたいなところにはすごく才能がある人だと思っていたので。

 一方で、当時の電ファミはスタッフもほとんどおらず、こういうとアレだけど、ファミ通とか電撃とか、ある種、寄せ集めのチームだったので。そこでもうちょっと若くて企画力のある人を入れたいなと思っていたなかで、斉藤さんから企画の概要を聞いて、たしかにそれは筋がいいかもしれないと。一方ではけっこうお金がかかるなとも思いつつ(笑)、「ゲームマガジン」を引き取る話をしてみる代わりに、こっちの仕事も手伝ってね、という交換条件みたいなやり取りをした記憶はありますね。

斉藤氏:
 そうですね。その時に二足の草鞋を履く覚悟をしました。それで電ファミの副編集長になったんですけど。

──それで「ニコニコゲームマガジン」は、2016年の2月から「電ファミニコゲームマガジン」という形になって。そうしたら幸いなことに『殺戮の天使』のコミックがけっこう売れて。これは残しておいたほうがいいものなんだというのが、そこでようやく会社に周知されたんですよね。

斉藤氏:
 平さんにはそこまでの時間をいただいたなという感じですね、本当に。

──『殺戮の天使』はダウンロード数で言うと、どれぐらいまでいったんですか?

斉藤氏:
 100万ダウンロードは余裕で超えてますね。現在の最終的な数字は、バカーを離れちゃったので分からないですけど。

──『殺戮の天使』のヒットというのはいったい何だったのか、斉藤さん自身としてはどう捉えていますか? 私は当時のインディゲームクリエイターフリーゲームクリエイターというのはどういう存在だったんだろう、ということに関心を持っていて。

 要するに、文章の上手い人間は小説家になろうとするし、絵の上手い人間はイラストレーター漫画家になろうとするし、音楽を作れる人はミュージシャンを目指すわけじゃないですか。それに対してフリーゲームを作っている人って、絵やテキストが特別上手いというわけではなく、音楽を作れるわけでもない。でもゲームというフォーマットでの表現にはメチャクチャ長けている。
 つまりゲームで何かを表現することにすごく長けている人たち、あるいは長けている世代ですよね。それ以前の世代は何かを表現しようと思った時に、ゲーム的なアクションや演出でそれを表現しようという発想が、そもそもなかったと思うんですけど。ところが彼らは、いちばん手軽に表現できる手段としてそれを思いつくという意味で、新しい世代だなと。

斉藤氏:
 『殺戮の天使』はいまバカーの社長をやっている稲葉ほたての功績が大きいので、僕だけでは総括できないという前提の上で話します。
 基本的には、文芸部や演劇部で作品作りをするようなタイプの人達が、あの瞬間、インターネットのおかげで「ゲーム」という自己表現を発見した。そこから生まれた作品が、ゲーム実況者という「吟遊詩人」の声にのって、物語として爆発的に広まる奇跡を生んだ、と解釈しています。

 10代の子たちにもそれが波及していって、クロエのレクイエムのように10代のクリエイターも出てくるようになった。
 なにか単一のメディアで表現をするより、テキスト・音楽・イラストプログラムの組み合わせのほうが発揮できた、ということなのかなと。

(画像はクロエのレクイエム:無料ゲーム配信中! [ふりーむ!]より)

会社を起業して、インディゲームのクリエイターとIPを結びつけるプロデューサーに

──そしてバカーの社長となって独立するわけですが、それはどういう経緯だったんですか?

斉藤氏:
 電ファミと二足の草鞋を履きながらやっているうちに、『殺戮の天使』がヒットしてアニメ化されたりして、さすがに二足の草鞋では厳しいです、ということになり。しかもその当時、電ファミのリインフォースドワンゴに戻っていって、ドワンゴはIT企業なので、IT企業の中でIPを扱うというのは、ある意味厳しかったんです。

 それならばむしろ独立をして、動きやすくなりたいという動機で、川上さんにプレゼンテーションしに行ったら、そこにたまたま庵野秀明監督がおり、なぜか企画書を気に入っていただいて、エヴァンゲリオンカラーから出資を頂くことになったんです。

(画像はConpany – 株式会社バカーより)

──当時の電ファミの面々の中には、斉藤さんが集めてきた人たちがそこそこいて。要は若くて、くすぶっていて、でも何かやりたいという人たちが集まっていたんですよ。さらに社外にも同じような人たちがいて、僕も紹介されたりしたんだけど、その集団の空気感みたいなものを見て、ワンチャン何かやらかすかもしれないという雰囲気があって。たぶん川上さんや庵野さんからすると、それに対する投資はいけるんじゃないかという、そういう判断だったと思うんです。

斉藤氏:
 今はネット発でオリジナルIPを作ろうなんて、いろんな会社がいろんな形でやっていますけど、個人のクリエイターと身軽な会社組織みたいなものが組んで、オリジナルIPを立てていくというのが、当時はベンチャーとしてちょっと面白いものだったというか、旬だったというのがあるのかなと思います。今はヒプノシスマイクが出てきたりだとか、いろんな会社がバンバンやっているので、珍しくなくなってますけど。

──そしてインディゲームにより深く関わるようになり、勝ち筋を見つけていったわけですね。

斉藤氏:
 そうですね。Steamという市場が、意外と日本的な手法でいけるぞということに気づいたんです。『殺戮の天使』のようにオリジナルのIPを立てて、マンガの作り方に似たゲームでも海外に通用しましたし、しかもそれがアニメ化されて跳ねた。

 一方で、もともと才能はあるんだけどいろんな理由でオリジナルの作品がヒットしなかったゲームクリエイターに対して、「コミカライズ」みたいな形で既存のIPのゲーム化をお願いしたり、そういうキャリアパスはこれまでのインディゲームにはなかったんですね。

 その作家さんの作風と相性の良いIPを得ることができれば、今のSteamという市場は作家さんにとって幸せな場所になれる。作家さん自身の知名度が大きくなったあとはもちろんオリジナルをやってもいいし、様々な可能性が拓けると思います。

──斉藤さんが最近手がけているタイトルの実績は、どれぐらいなんですか?

斉藤氏:
 『Touhou Luna Nights』は20万本を超えていますし、『幻想郷萃夜祭ロードス島戦記ディードリット・イン・ワンダラビリンス-』はまだSteamアーリーアクセスの段階なのでこれからですけど、どちらもフルリリースすれば10万、20万は余裕でいく勢いです。

(画像はSteam:Touhou Luna Nightsより)
(画像はSteam:幻想郷萃夜祭より)
(画像はSteam:ロードス島戦記ーディードリット・イン・ワンダーラビリンスーより)

──なるほど。ではバカーと比べてワイソーシリアスはどういう会社なのですか?

斉藤氏:
 バカー時代との一番大きな差分は、僕の自己資本の夫婦2人の会社ってことですね(笑)。大変身軽です。個人のインディゲームクリエイターさんのIP獲得を含めたプロデュースと、海外展開のプランニングですね。

Why so serious, Inc.

 IPはオリジナルを自分で扱ったこともあるので、IPホルダーの気持ちがわかるのが強みです。いまインディーゲームは海外に向けて売らないと市場が小さすぎる状況です。そこにアクセスできないと話にならないので、必死に海外に行って協力者を作りました。

──それで斉藤さんが今、一緒にやっているクリエイターさんは、どれぐらいいるんですか?

斉藤氏:
 4人ぐらいですね。

──会社が立ち上がったのはいつでしたっけ?

斉藤氏:
 2019年10月です。まだ1年経っていないですね。

──1年も経っていない会社が「INDIE Live Expo 2020」のスポンサーになるんですか。というわけで、ようやく本題に入ります(笑)

日本から世界に向けてゲーム情報を発信する、日本版「The Game Awards」が必要だ

──まずは「INDIE Live Expo 2020」の基本的なことを伺えればと思います。現状で何タイトルぐらいを紹介する予定なのでしょうか。 

(画像はINDIE Live Expo 2020 | インディゲームのための情報番組より)

小沼氏:
 なんだかんだで100タイトルは大きく超えそうです。

 今回は話を持ってきてくれたタイトルは、可能な限り、何らかの形で放送に出したいと思っていて。ただ、放送を予定しているコンテンツがたくさんあるんですよ。先日発表したように、「東方Project」と『UNDERTALE』の楽曲メドレーなんて企画もありますから。ここまで世界中の方々が、タイトルの情報を寄せてくれるとは思っておらず、番組独自のコンテンツや、協賛各社様のコーナーを充実させようと最初は考えておりました。

 しかし、蓋を開けてみたら、情報が予想以上に寄せられて、驚いております。

 なので、すべてのタイトルを1つずつ解説していくとテンポ感がなくなるので、幾つかのコーナーに分けて、MCがゲームの動画を背負いながら「今から30タイトル一気に解説します」みたいなことをやろうかとしています。いずれにせよ、寄せられたタイトル情報を、可能な限り紹介したいという気持ちで、今はやっていますね。

──今回の放送が初出となる新発表タイトルもあるのですか?

小沼氏:
 本当に新規のタイトルもいくつかあります。みんなが知っているスタジオの新しいタイトルだったり、あるいはこのタイトル日本語版になるよ、みたいな情報は詰まっていますね。「あれ、これ普通にヒットするかも」みたいなタイトルもあります。反響が楽しみです。あ、『DELTARUNE』の最新情報は、ありませんけどね。

──なるほど。そして斎藤さんは、そんな「INDIE Live Expo 2020」にスポンサードしていると。

斉藤氏:
 「INDIE Live Expo 2020」には、特別協賛という形のスポンサーとして関わっていて、あとは企画のきっかけですね。もともとリュウオフィスの小沼さんとは、仲良くさせていただいていて。

──設立から1年も経っていない、言ってしまえば零細企業であるワイソーシリアスが、なぜこの「INDIE Live Expo 2020」に特別協賛という形でお金を出しているのかと。それが疑問でもあり、今回の取材のポイントでもあると思うんです。

 僕も含めてもともと、日本発というかアジア発の大きなゲームライブイベントみたいなものがあるべきだよね、という話を小沼さんとはずっとしていて。とはいえ、ちゃんとやろうとするとお金がかかるし、なかなか難しいよねと。ところがまさか、斉藤さんが持ち出しでそれに乗っかってくるというのは、けっこう驚きな話だったんです。

斉藤氏:
 僕の長い自己紹介は終わったので(笑)、次は小沼さんの自己紹介を。

小沼氏:
 僕の本業は、ゲームユーザーコミュニケーションプランナーです。ユーザーと企業の製品とが、どうやってコミュニケーションしていくか。どうやって宣伝していくか、どうやって売っていくかを設計し、提案し、実施までをすべて請け負っています。有名なタイトルですと、『ペルソナシリーズ、『真・女神転生シリーズ、『Fate/Grand Order』などがあります。

斉藤氏:
 リュウオフィスさんはおそらく、日本でいちばん見られている生放送を作っている会社ですから。

小沼氏:
 それは言ってもいいかもしれない。僕はドワンゴに入社したことはないですが、インターネット生放送とは公式生放送が始まった時からお付き合いをしていて。かつて、イメージエポックという会社がありまして、2010年の11月24日に「JRPG宣言」という形でパブリッシャー参入の発表をしたんですが、僕はこの時マーケティング担当役員でした。

 イメージエポックには2年間おりまして。イメージエポックの初期パブリッシュタイトルは宣伝まで手がけていました。この時からニコニコ動画にはすごく注目していて、宣伝のツールとして使っていたんです。イメージエポックはもうないんですけど、それ以来ずっと生放送に関わり続けています。

──小沼さんの生放送の実績としては、『ペルソナシリーズとかがありますよね。

小沼氏:
 大きなものだと、2013年のこれも11月24日なんですけど、アトラスさんの「ペルソナシリーズの発表のために、ニコニコジャックさせてもらいました。72時間、ニコニコの総合トップページ上で、カウントダウンするという。

──そんなゲーム生放送プロフェッショナルである小沼さんが、今回の「INDIE Live Expo 2020」を企画したきっかけは?

小沼氏:
 ロサンゼルスで開催された「The Game Awards」【※】を、斉藤さんや平さんと3人で一緒に見に行く機会がありましたよね。

※「The Game Awards」
ゲームジャーナリストジェフキーリー氏が司会進行を務めて、毎年12月アメリカロサンゼルスから配信されているインターネット生放送番組。全世界のゲームメディアが選ぶゲームワード各賞の発表を中心に、新作タイトルの独占発表や最新のゲーム映像など、多数のゲーム情報が公開されている。

斉藤氏:
 みんな別の会社の予算で見に行きましたよね(笑)

──そうそう(笑)

小沼氏:
 「The Game Awards」は毎年12月に開催されていて、ゲーム生放送としては世界最大だと言われています。ゲームメディアと捉えても、最大のものの1つだと思っています。

 以前に調べたことがあるんですけど、E3の期間中に出回るゲームの全情報量を10とすると、「The Game Awards」はわずか3時間の生放送で、その瞬間に出回るゲームの情報量が1だったんですね。これは単純に10:1というわけではなくて、約1週間の情報量が10に対して、3時間で1ですから。瞬間的な情報の波及力、爆発力は凄まじいものだなと。それが具体的にどういうものなのか、現地で見てみたいと思ってました。

「The Game Awards 2019」の累計視聴者数が約4500万人を記録、昨年比で70%以上の増加。750万人以上が同時にリアルタイムで視聴し時間を共有した

 ロサンゼルスで会場からイベントとして観覧したんですが、それで確信しました。これはイベントの形をした、まぎれもない生放送であると。生放送という媒体を使って、日本から世界中に情報を届けるということを自分もやりたい。それをどうにかしてやれないか。それが僕の夢になりました。

 そもそもなぜそういうことを思ったかという背景を言うと、僕はもともとゲームが好きで、小学生の頃から遊んでいました。ファミコンの頃からですけど、たぶん数千本ぐらい遊んでいます。海外のゲームも好きですけど、日本人なので日本のゲームが好きです。

 かつてゲームは日本から育っていった市場だったし、今もクリエイティブ的には日本がまだ中心の1つだと思っていますけど、情報発信力として中心の座から滑り落ちようとしている。そんななか、日本からゲームの情報を発信することで世界中の注目を得ることができないか。そういうことを常々考えていました。

 2019年10月ゲームフリークさんのお手伝いをする機会があって、「ゲームフリークひみつきち 30周年記念生特番」という生放送を手がけました。この時に日本とアメリカに同時発信するというのを、そこで初めてやってみたんです。そうしたらTwitterワールドワイドトレンドで2位を取ることができて。

 もちろんそれはゲームフリークという題材が強いというのもあるんですけど、時差の壁を越えてそういう注目の集まる力が生放送にはあるのだ、日本からの情報には価値があるのだと、改めて認識しました。

 以後、機会があるごとに英語との同時実況にチャレンジし、手応えを感じてました。それと先ほどの「The Game Awards」に感銘を受けて、日本から世界全体に向けて情報を発信するということにチャレンジしたいとずっと言っていたら、斉藤さんが「インディゲームでそれをやる」と言い出したんですよ。「おいおい、話が違うだろう。それはオレのアイデアだろう」と(笑)

斉藤氏:
 アレはちょっと違うんですよ。僕はとりあえずインディゲーム生放送を、小さくてもいいからやりたいと。

小沼氏:
 テーマが大変良いので、大事に扱った方が良いと考えたんですよね。どうせやるなら、なるべくちゃんとやりたい、ということを伝えました。

斉藤氏:
 それで一緒にやりましょうと。

小沼氏:
  その申し出はうれしかったですね。というのも、斉藤さんは、一瞬、収入が不安定な時期があったんですよね。

斉藤氏:
 ドワンゴが不安定になった時に、バカーも不安定になった時期がありましたから。

小沼氏:
 その時に斉藤さんから「僕にセーフティネットを提供してください」という話があって。「わかりました。その代わり毎週定例の会合を開いて、僕に対して企画を提案したり、いろんな人を紹介したりしてください」と。今でもそれは続いているんですが。

──僕から補足しておくと、セーフティネットというのは要するに、リュウオフィスアルバイトさせてくれ、ってことですよね。

斉藤氏:
 そうです。ドワンゴがいろいろと組織再編する中で、僕はバカーからの給料を返上していたので。

小沼氏:
 その定例会議の中で、斉藤さんがずっとゲームの話をしていて。インディゲーム、特にPCのゲームが面白いという話をされるものですから、僕もやってみたんですよ。斉藤さんが薦めるゲームをやっていく中で、1カ月につき2、300時間ずつぐらい遊んで、けっこう体調を崩すレベルでハマり込んでしまって(笑)

(画像はSteam:Slay the Spireより)

 Slay the Spire『Frost Punkは完全クリアしたし、『Deadcells』FTLは具合悪くなるまで遊びました。INTO THE BREACHを仕事中に遊んでいる自分に気づいて、まあ確かにゲームを遊ぶのも仕事ではあるんですが、会社が潰れると思ったので完全クリアは諦めました。そして、これは斉藤さんじゃなくてTYPE-MOON新納一哉さん【※】に薦められたんですが、RimWorldにもドハマりしたし、あとは随分前の記事を見つけて遊んだ、墓守をするゲームとか。

斉藤氏:
 Graveyard Keeperですね。

(画像はSteam:Graveyard Keeperより)

小沼氏:
 あれも完全クリアするまでやり込んでしまい。「面白い」と言われたインディゲームを片っ端から遊んでいたところ、こんなに面白いのかと。さらに、世界中で遊ばれている作品もけっこうあると。

  僕はもともとSteamでも遊んでいたし、別にコンシューマ至上主義というわけではなかったんですけど、市場として注目していたのは、コンシューマとスマホの市場だったんですね。
 でもインディゲームは熱狂しているユーザーが世界中にいて、市場としても可能性がある。その面白さに気づいて、日本のインディゲームの市場についても勉強して。そうすると、もちろん日本にも素晴らしい作品がいっぱいあるのに、世界に向かって情報発信をやりきっているタイトルは、そんなにないのではないかという課題意識が生まれて。

 そこから、先ほどの「The Game Awards」の日本版というのと、インディゲームの情報番組というのが結びついて。もちろん、インディゲームが日本だけで語れないのも分かっているので、日本のインディゲームも世界のインディゲームも日本に集めて、日本から情報を発信する。そういう発想にたどり着いたんです。

斉藤氏:
 やるなら全世界対応じゃないですか、という話を2人でして。じゃあどうやって実現しようか? それにかかるコストは? となった時に「ウチで持ちますよ」と。それは僕から言ったんですけど、それはなぜかというと、この企画をやるにあたって、小沼さんからは手を提供していただく。生放送のノウハウを提供していただく。言い出しっぺとしてその隣にいた僕は、じゃあネットワークとお金を提供しますと。

「INDIE Live Expo 2020」は日本語、中国語、英語の番組を3つのスタジオで同時配信する「本気」の態勢で挑む

斉藤氏:
 というか、一番の動機としては、2人ともコロナでムカついてたんですよ。「この今の状況に対して、何か一発ブチ上げたい」と。それと「インディゲームってこんなに面白いじゃん」が結びついたんです。

 これをやることで、別に得にはならない。未来でいずれ得になるかもしれないけれど、今の時点では小沼さんもほとんど原価だし、なんなら赤字が出てるんじゃないかと思ってるし。僕も別に利益は出ないし、ウチのタイトルは2作品ぐらいしか紹介されないので、出したお金に対して見合ってはいないし。
 ただ、これをやることによって起こるインディゲーム全体の発展だとか、インディゲームはこれまで日本でもいろんな伝統を生んできたというのを、僕は「ニコニコ自作ゲームフェス」などを通じて知っているので、それができるだけ広い範囲の人々に伝わるのだったら、それはすごく価値のあることだなと思って、ここにガン!と張ったんです。コロナでイラついている時に思いついちゃったので、「やるしかないですね」と。

小沼氏:
 そうですね。伏線的な動機はいっぱいあったんですけど、直接的な動機は「コロナでムカついていたから」ですね。それと、僕がセーフティネットを提供していたはずの斉藤大地が、番組のコストを持つと言ってきて、なおかつ人脈も提供するという、謎のわらしべ長者が起きたのもありますが(笑)。それでやると決まったら、あとは全力で走りますと。

──先ほど説明したように、アルバイトで糊口をしのいでいたはずの斉藤さんが、具体的な金額は言わないまでも、けっこうな額を持ち出しでやるというのは、やっぱり覚悟がないとできないですよね。

斉藤氏:
 そうですね。普通の生放送の10倍ぐらい手間がかかっていますから。でも幸い、半年間でリリースしたゲーム2本がどちらもヒットしてくれたので。そういう意味ではインディゲームに対する恩返しだと思っています。

小沼氏:
 最初はもっとこぢんまりとやろうと思っていたんです。世界中に3つの言語で配信するというのは決めていたんですけど、なるべく自分たちの手弁当でできる範囲でやろうと。ところが、この放送の情報を発表してみたところ、世界中から凄まじい量の問い合わせが来て、これは本気でやらないとマズいなと。

 もちろん本気でやるつもりだったのですが、想像を超えた期待感を受け取ったので、もともと考えていた以上に、さらに真面目にやることにしました。

 具体的に言うと、日本語版の放送はもちろん真面目に作ります。外国語版は当初、手抜きというわけではないんですけど、もう少しライトにやろうと思っていたんです。つまり日本語版の放送を、中国語と英語とでそれぞれ実況放送する形でやるつもりでした。ただ、伝わってくる期待感だとか、問い合わせをいただく企業さんやクリエイターさんの真摯な態度を見て、これに応えないとダメだなと。

 ワールドワイドに日本の恥をさらすことになってしまうのは避けないといけないと思ったので。それで簡単に言うと、1個の放送を作るはずが、3個作ることになっちゃったんです。

──というと?

小沼氏:
 内容は同じ放送を各国語ごとに別の場所で、日本語中国語、英語と、3つ同時に作ることになりました。日本語の放送を実況する、というスタイル自体に変わりはないのですが、ほぼ番組3つ分の規模感です。

斉藤氏:
 つまり、最初は1つのスタジオを使う予定だったのが、スタジオが3つ必要になったんですね。

小沼氏:
 なので、正直に言うとツライです。多くの会社さんに協賛は頂きましたが、大赤字です。

斉藤氏:
 突然、小沼さんが「やるしかない」って言い出したので。小沼さんは男だなと思いました。

小沼氏:
 斉藤さんからPLAYISM水谷(俊次)さん【※】をご紹介いただいて、さらに水谷さんからは世界中のインディゲーム企業をご紹介いただいて。これは水谷さんのおかげというか人徳なんですけど、世界中のメディアが採り上げてくれたり、協力を申し出てくれたというのもすごく嬉しいですね。

 もちろん日本のメディアも、電ファミさんをはじめとしてご協力を頂けて、たいへん有り難いんですけど、それが世界にまで広がっています。中国ではBilibili動画が全面バックアップしてくれる他、世界中のプラットフォームから配信の申し出がありました。とにかく世界各国の人たちに「面白いから応援するよ」と言ってもらえたのが、すごく嬉しいですね。

※水谷俊次
アクティブゲーミングメディアデジタルコンテンツ部パブリッシング担当部長として、インディゲームブランドPLAYISM」の運営を行っている。海外の傑作インディゲームを日本向けにローカライズする一方で、日本のインディゲームを世界に送り出している、現在のインディゲームシーンを支えているキーパーソンの1人。

新型コロナウイルスで失われた、世界のゲーム関係者との「つながり」を取り戻したい

斉藤氏:
 先ほど「コロナでムカついた」のが一番の動機だという話をしましたけど、それはなぜかというと、僕や小沼さんは去年、海外にけっこう行っていたんですね。それでゲームを通じて海外の大勢の人と仲良くなって、2人で「こんな面白いことはないだろう」と思っていたんです。だけどコロナによって、海外の人との新しい出会い、海外での何かの出会い。それがまったく失われてしまって。これは本当にツライことなんです。人生にとって、世界にとって、マジでもったいないことで。

 だからこのイベントを通じて、そのつながりをせめて少しでも取り戻したかったんですね。世界中にゲームを好きな人がいて、その人たちはヘンな面白いゲームを好きで、それを通じて仲良くなった絆を、なんとか取り戻したい。世界中で同じ番組を見て、「INDIE Live Expo」で検索しすると世界のあちこちからいろんな感想が出てくる、みたいなことになったらすごく面白いなと思っています。

小沼氏:
 僕の中で大きなきっかけになっているのは、コロナが流行する直前だったんですけど、去年の12月に中国の上海で行われた「WePlay Game Expo」【※】なんです。そのイベントで斉藤さんがブースを出展していて、そのゲストとして僕も行ったんですね。

※WePlay Game Expo……中国・上海で毎年11~12月に開催されているゲームイベント。大手メーカーの大作ゲームボードゲームなども出展されているが、中国内外のインディゲームには特に力が入れられている。
(画像はWePlay Game Expoより)

 そのイベントは、細かいところにはツッコミどころもいろいろあったんですが、とにかく熱気をすごく感じられたんですよ。記事にもなっていますけど、人が集まりすぎて中国の公安に解散させられるということが何回もあったりして。それ自体は日常茶飯事らしいんですけど(笑)

 それはさておき、中国の人たちの熱気が本当にすごくて。最後、打ち上げのパーティに参加させてもらったんです。百数十人で大宴会をやったんですけど、これがもう底抜けに楽しかったんですね。

 こっちは日本語で向こうは中国語で、みんな酔っ払っていて各国の言語でしゃべっているんですけど、なんだか通じているような気がして(笑)それがもう忘れられないぐらい楽しくて。ゲームを通じてこんな思いができるんだ、というのを思い知ったんですよね。

 そんな体験をしたのが2019年12月で、じゃあ2020年は斉藤さんと一緒に、もっと海外に行こうよということで、クロアチアだとかドイツだとか、いろんな計画を練っていたんです。

 海外でゲームを通じて、もっとそういう出会いをしたいと。それがビジネスになるかどうかは分からないけれど、何かに気づいたり、発見があったり、新しい出会いから何か生まれるんじゃないか。それが「日本のゲームを世界に」というテーマにどこかでつながるんじゃないかという希望を込めて、今年1年間は外国に学びに行こうと思っていたんです。

斉藤氏:
 とりあえず海外出張を3つぐらい予定を入れていましたよね、我々は。

小沼氏:
 それが新型コロナウイルスで、全部吹っ飛んだんですよ。だからその代償行為かもしれませんけど、直接対面はできない代わりに、世界の人たちとゲームを通じて出会うきっかけを作ろうと思って。その観点から言うと、今の時点ですでに予想を超えた成功がありました。

斉藤氏:
 もうすでに、いろんなところで友情と面白さが生まれていますね。

小沼氏:
 先ほどお話ししたように、海外の会社さんからも協賛の申し入れがあって。当然、英語だったり北京語だったりでミーティングをするんですけど、もちろんZoomです。直接は会ったこともないです。

 誰かから紹介されたとか、メールフォームからコンタクトしてきたという会社さんとミーティングして、そこで我々の企画や考え方に「共感したので応援したい」と外国語で言われると、それはすごく感動があって。イベントはまだ終わってもいないですけど、日本から発信する最初の段階として、「まずは繋がる」というところはいったん成功できたなと思っています。

『UNDERTALE』トビー・フォックス×『東方』ZUN×Onion Games木村祥朗鼎談──自分が幸せでいられる道を進んだらこうなった──同人の魂、インディーの自由を大いに語る

斉藤氏:
 UNDERTALEトビー・フォックスさんからコメントを頂けることになって、そのコメントのラフを見ましたけど、みんなで感動しましたからね。今、こういう気持ちでイベントを立ち上げて良かったと思いました。僕らも背筋が伸びるような、すごくいいコメントですね。

小沼氏:
 そうですね。まさに背筋が伸びるような感じですね。最初は「コロナむかつく」という勢いで始めたようなイベントですけど、日本人も含めた世界各国の方から予想以上に真面目なレスポンスをたくさん頂いて、これは損得ではなく、全力でやらないといけないなと。

 日本から情報発信をする、日本から世界とつながろうとするというのは、我々以外にもやるべきだと思っているし。我々としてはこのイベントがきっかけとなって、昨年12月のWePlayで自分たちが味わったような体験を我々も提供できたらいいなと思うし、我々以外の人たちがそういったことをできる道筋やきっかけにこのイベントがなってくれたら、それはすごく良いことなんじゃないかなと思っています。

──実際問題として、日本発で海外まで届くような情報発信というのは、任天堂クラスなら単独でやれるんでしょうけど。

斉藤氏:
 ニンテンドーダイレクトがまさにそうですからね。

──それ以外だと、そんなに大々的にやっている印象はなくて。草の根とまでは言わないけれど、そんなに大きくはないリュウオフィスやワイソーシリアスからこういう取り組みが出てくるのは、客観的に見てもユニークだと思います。

斉藤氏:
 日本からゲームの情報を発信する際に、日本語と英語というのはあっても、日・中・英という3カ国語に対応しているというのは、まずないでしょうね。それは我々が中国のゲームユーザーにものすごく共感したというのと、世界というのは決して英語圏だけではないというのをすごく感じたのがきっかけです。

──そういう意味でも、インディゲームイベントの中でもすごく大勢の人に見られるイベントになるだろうという確信があって。そこはこのイベントのひとつの特徴というか、注目すべきポイントだと思っています。なので、数字的な結果も含めてどういう結果になるか、非常に注目したいですね。それでは、当日の放送を楽しみにしています。(了)


 新型コロナウイルスによって、日本をはじめとする世界各国の産業が大きなダメージを受けるなか、ゲーム業界はダウンロード購入の容易さや、自宅待機に伴うオンラインプレイの高まりといった恩恵を受けて、活況を呈していると言われている。だがその一方で、当然ながら失われたものも多い。E3や東京ゲームショウと言った大型ゲームイベントは中止を余儀なくされたし、小沼氏と斉藤氏が語ったように、国境を越えたゲーム関係者の交流に関しては、少なくとも直接対面する機会が戻るのはまだかなり先のことになるだろう。

 そうした国境を越えた「つながり」を取り戻すために立ち上がったのが、昔からインディゲームに深く関わってきた斉藤氏と、ゲーム番組の生放送を作り続けてきた小沼氏の2人だというのは、こうして見てみると、やはり必然だったと言える。

 斉藤氏が自身のプロフィールを通じて語ってくれたように、インディゲームはそれ自体がそもそも、開発者とプレイヤーの「つながり」や、そして実況者視聴者の「つながり」を媒介にして普及してきたものだ。そして国境を越えたつながりを生み出す上において、インターネット生放送は最も効果的なメディアである。

 「INDIE Live Expo 2020」は、この番組でどんなタイトルや新情報が発表されるのかというのも気になるが、それだけでなく、この番組を通じていったいどんな新しい「つながり」が生まれるのか、その点にも大いに注目したい。

「INDIE Live Expo 2020」公式サイトはこちら「INDIE Live Expo 2020」YouTubeLive配信はこちら「INDIE Live Expo 2020」Twitch配信はこちら

インタビュアー

電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。
元々は、ゲーム情報サイト「 4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「 ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「 ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter@TAITAI999
過去には『電撃王』『電撃姫』で、クリエイターインタビューや業界分析記事などを担当。現在は『電撃オンライン』『サンデーGX』などでゲーム記事を執筆中。また、アニメに関する著作も。
Twitter@ito_seinosuke

編集

新聞配達中にトラックに跳ね飛ばされたことがきっかけで編集者になる。過去に「ロックマンエグゼ 15周年特別スタッフ座談会」「マフィア梶田がフリーライターになるまでの軌跡」などを担当し、2017年4月より電ファミニコゲーマー編集部のメンバーに。ゲームと同じぐらいアニメや漫画も好き。



著者: ” — news.nicovideo.jp

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